すごいチーム作りをしくみで支えるために。

新領域融合研究センター発足当時から、現リサーチコモンズの「データ同化・シミュレーション支援技術」に連なるプロジェクトを牽引してきた樋口知之教授。現在は統計数理研究所所長として、「確率に関する数理及びその応用の研究」を担う日本で唯一の研究拠点の絶えざる自己改革に取り組んでいます。その核心にある共同研究・共同利用の促進や、データサイエンティストなど人材育成の取り組みは、データ中心科学を推進するリサーチコモンズとも共通のもの。また近年は、最先端研究の"質"を支えるしくみづくりとして、統数研を拠点とした国際的な研究ネットワーク「NOE(Network Of Excellence)」も拡充しています。ますます「データ中心」がキーワードになるこれからの科学プロジェクトにおいて、研究機関が持つどんなしくみが推進力になるのか?──お話は、樋口知之所長(統計数理研究所)です。

最先端研究を支えるチームワーク

ビッグデータ時代といわれる現代のサイエンスの進め方では、チームワークなしに最先端研究を行うことはできません。今や、1人でやる最先端なんて、ちょっとあり得ない。そのような時代には、「チーム作り」が最先端研究を推し進める、非常に重要な力になります。まとめる力、企画する力といったいろんな役割を担う人材が必要であり、キャリアパスの多様化も進めていかなければなりません。たとえばアメリカでは「サイエンティフィック・プログラマー」という職種があって、外部資金などによる研究プロジェクト単位で採用され、プロフェッショナルな優れた仕事をしている。雇用の仕方の改善ひとつで、研究はすごく進むのだという一例ですね。

属人的発展から組織的人材育成へ

リサーチコモンズの前身にあたる第1期の新領域融合研究を振り返ると、当時4つの研究所が初めて一緒になって、まったく手探りの状態から体制作りが始まったと記憶しています。苦労もあった代わりに、走り出してからのチームワークには手作り感もあった。自分の研究力にどれだけの価値があるかはわからないけれども、分野を越えるのが面白いからチャレンジしてみようという人たちが集まって、頑張ったんですね。このような融合研究のやり方を引き継いだリサーチコモンズ事業は、プロジェクト・マネジメント面でスムーズになった一方、反省点もあるように思います。つまり次の期以降は後継者を見つけてくるようなやり方ではなくて、やはり融合的な人材を生み出せる体制を、意識して作っていかなければならないのです。

統数研の役割をもっと明確に、もっと高度に。

しかも機構が設立された10年前とは異なり、わが国と近隣諸国との摩擦は増す一方です。現代の複雑な社会におけるさまざまな現象や問題と結び付いて、われわれは統計的に予測し、リスクなどの数理的解析をする。さらに制御の方法を考えて、政策に役立てたり、最適化手法の改善によって限られたリソースを活かしていく。この役割をよりよく果たしていくために、統数研はいま3つの目標を掲げています。1番目は公募型共同研究の機能強化です。チーム作りの中に、あらかじめ結果が予想できないような面白いもの、もっとチャレンジなものを拾い上げるような工夫をしていく。2番目は、統計的に考えることができる人材を育てる「統計思考力育成事業」の強化。そして3番目は、統計数理をグローバルにネットワーク化していくことです。たとえばここ1、2年で、統数研は海外機関とのMOUを多数締結しています。

変動し続ける対象を予測・解析・制御・最適化する

統計学は現在、たとえば薬剤の有効性や安全性の基準、ファイナンスのリスク判断、工場の品質管理などさまざまな場面で、データ扱いの基礎にあって合理的な判断の根拠を提供しています。しかし統計とは、それだけではありません。私の考える「データ同化」のチャレンジのひとつは、フォワード(前向き)推論としてのシミュレーション計算とバックワード(後ろ向き)推論としてのデータ解析をつなぐこと。もう1つは、静止・固定した事象ではなく、常に変動し続けるダイナミックな現象を対象として予測・解析・制御することです。現代の科学が対象とする複雑な現象には、必ず何らかの不確実性があり、これを避けることはできません。このような私の「統計」観から展望すると、現在の機械学習には2つのタイプがあり、ひとつはベイズ推論を含め、人間の脳が行う情報処理に近づいていこうとするディープラーニングを含む人工知能。もう1つは、極限まで数理に立脚して、これまでの膨大なデータからはけっして生み出せないようなインサイトを導く可能性のあるものです。「データ同化・シミュレーション支援技術」でも、この両方に取り組んでいきたいと考えています。

データ中心科学をイノベーションに活かす鍵

先日、インペリアル・カレッジ・ロンドンのデータサイエンス研究所所長であるGuo教授と会話する機会があって、彼はデータ中心科学を特徴付ける4つのキーワードがあるというんです。それは──Intelligence, Integration, Interdisciplinarity, and Interaction。そこで私が膝を打ったのは、この4つの「I」こそが、現代のイノベーションを生む──まさに「フォーアイ、フォーアイ(4Is for Innovation)」だということなんです。まず知性なり頭脳(Intelligence)があって、しかしブレークスルーを生み出すには、それらが個々バラバラにあってもだめで、強力に学際的(Interdisciplinary)に統合(Integration)していかなければならない。最後のインタラクション(Interaction)も、非常に重要な視点だと思いますね。それは、人と人のインタラクションでもいいし、人とマシンのインタラクションでもいい。このようにここ10年間で明らかになってきたことを、意識的にしくみの中に組み込み、育成する。データ中心科学から、より社会と結び付いた成果が生まれてくる時代が始まっています。

「ポスドクという後進をどうするか……今、みなさん少しずつ変えようとしているけれど、若い人たちを育てることを怠った分野は、必ずつぶれます」統計数理研究所にて。

(文:樋口知之・池谷瑠絵 写真:水谷充 公開日:2015/07/10)