本年度で4年間のプロジェクトを終える「システムズ・レジリエンス」。去る2015年11月21日には、現場の災害対応を考える人たちのコミュニティとの交流の機会として、第3回「IT×災害」会議を共催しました。主催の「IT×災害」会議実行委員会も、当プロジェクトと同様に、東日本大震災をきっかけに発足したコミュニティとのこと。「レジリエンス」がまさに生きたテーマであることを、実感させる機会でもありました。今回はこのイベントの様子を交えながら、「システムズ・レジリエンス」プロジェクトを総括します。お話は、プロジェクトリーダーの丸山宏教授(統計数理研究所)です。
防災減災を考えるには人のネットワークが大切
今回のイベントでは、学術の立場からの提案として「システムズ・レジリエンス」プロジェクトの概要をスピーチ、ポスター、トークセッション等のいろいろなかたちでご紹介しました。また参加されたみなさんからもさまざまな立場からの報告や提言があって、その中でやはりよく話題にのぼったのが人的ネットワークの重要性だったと思うんです。それ、実は、僕らが考えているレジリエンスの本質にとても近いところにあって、多様性や利他性がうまく機能している一例として捉えることができると思います。今回の共催は、プロジェクトスタート当初の目標のひとつであったレジリエンスのタクソノミー(分類学)を、具体的な例に沿って検証する機会として大変有意義だったと考えています。
世界のレジリエンス研究が集まった湘南会議
一方、世界の研究者たちは、レジリエンスというテーマにどうアプローチしているのか?──というと、まず挙げられるのは、生態系や環境系のシステムを対象としたレジリエンスの研究です。それから、システムの振る舞いを解析・モデル化するシステム・ダイナミクスの研究もさかんです。また地域別に見ると、危機意識の高さなどを背景にシンガポールやフィンランドなどが比較的早くから取り組んでいるといった特徴も見えてきます。われわれはこのようなレジリエンスに関わる研究の世界的なネットワークを構築して、2015年2月にレジリエンスをテーマにした湘南会議を開催しました。6日間にわたる議論でさまざまな進展があり、中でも大きな「気づき」となったのは、脅威が現実になってあるシステムを救おうという時、そのシステム「だけ」を救うことはどうしてもできない──言い換えると、ひとたび危機が起こったらそれまで対象としていたシステムの縁(バウンダリー)を変更しないといけない、ということでした。たとえばもし地球規模の脅威があったら、太陽系もある程度一緒に救わなければ地球を救えない。このことを境界からの溢出効果という意味で「バウンダリー・リーケージ(Boundary Leakage)」と呼んだりします。
タイの洪水における口コミ効果を解明する
「システムズ・レジリエンス」プロジェクトは、このような分類学に基づく帰納的アプローチと、システムの数理モデルから出発する演繹的なアプローチという2つの方法を、同時進行させるデザインになっています。具体的な研究成果を2つ採り上げると、まず1つに、レジリエンスは人々のムードにかなり依存しているという現象を取り扱う、岡田仁志准教授(国立情報学研究所)の研究です。人間社会には、人々が大丈夫だと思えば比較的安定するし、逆に誰も信じないムードになってくるとどんどん事態が混乱するといった傾向があります。そこでタイの洪水災害を例にムードが悪くなる傾向をモデル化し、みんなが信じられない等と言い始めた時期の特定などを、今ツイッターのログ等から検証しているところです。
遺伝子からわかった収穫逓減則と多様性の相関
もう一つは、生物の進化において、収穫逓減則を入れるとシステムが多様になるという明石裕教授(国立遺伝学研究所)の研究成果です。収穫逓減則があるシステムでは、有利な構成要素を横軸に、その効用を縦軸にグラフを描くと、最初は右上がりに伸長し、途中から横ばいに近くなるような軌道を描きます。実際の遺伝学の研究では、個体に有利な突然変異を横軸に、環境への適合性を縦軸にとります。ある程度まで有利な条件が積み上がってくれば、それ以上有利な条件が増えてもたいして違わない、というのが収穫逓減則の利いたシステムです。実際にも、ダーウィンの法則に従って、私たちは100%最適な者しか生き残らないのではなく、多様な生命にあふれる世界に生きていますよね? 収穫逓減則を利かせることによって、有利な遺伝子を適度に備えた中間層が多様に存在するようなシステムをつくることができる──これはいま企業などが持続的発展のために積極的に取り組んでいる人材の多様化施策にもヒントになる発見と言えるのではないでしょうか。
(文:丸山 宏・池谷瑠絵 写真:ERIC 公開日:2015/11/30)