データが生む知見で、よりよい社会へ舵を切る。

リサーチコモンズの「社会コミュニケーション」と「人間・社会データ」にまたがる研究を推進する、統計数理研究所 リスク解析戦略研究センター長の山下智志教授。従来、企業の財務データだけに頼っていた貸倒予測を、担保や保証などを統合的にデータベース化して、実際のリスク算出に役立てたり、さらに巨大財務データベース中の欠けた値を補完する手法の開発や、政府間融資のリスク(ソブリンデフォルトリスク)の格付システム開発など、広範囲に収集した信頼度の高い金融データとその解析に多くの実績があります。プロジェクトでの取り組みについて、山下智志教授がご紹介します。

社会データを社会に活かす道筋

個人や法人の信頼性に関わるような金融データは、当然のことながら非常に厳しく管理されなければなりません。研究者としては、データを集めるにしても、誰かにご提供いただくにしても、まず自分が信頼されなければ何も始まらないんですね。いかに信頼されるか、いかによい人間関係を構築していくか──そんな課題を持つ研究に長く携わってきました。金融機関の方にデータをいただくならば、研究者としてどう貢献できるのか。たとえば銀行などでも昨今、かなり高度な統計に取り組んでいますが、われわれはそれよりも圧倒的にいいものができなければなりません。また、そのツールを活用してコンサルティングの要請に応えてこそ、新たな信頼関係を築くことができます。統数研に聞けば、どんなデータも揃うんだという認識を持っていただくことも重要です。金融機関やデータベンダー等のデータに加え、総務省の事業所統計をはじめとした各種官公庁データも整った体制を、これからいっそう強化していく計画です。

公的統計データの「2次利用」

賃貸不動産30年の収益を予測する

銀行ローンの中に、アパートを建てる大家さんにお金を貸す「アパートローン」という商品があります。銀行融資のうち10%という少なくない比率を占めるのですが、他の融資と異なり、リスク評価モデルが全く存在しません。というのも、賃貸物件のどれが空いていて、どれだけ収益が上がっているかといったことはなかなか調査できないため、客観的なデータが存在しないんですね。そこでわれわれのリサーチコモンズのプロジェクトでは、賃貸不動産のデータベース作りから地道に取り組み、正確な賃貸住宅の収益予想を導く研究に取り組んでいます。統計数理研究所・国立情報学研究所、そしてデータベンダー・不動産鑑定事務所・銀行など5者の協力体制で開発を進めています。

ウェブデータ×サーベイデータ×解析手法

まずプロジェクトの一藤裕特任研究員(国立情報学研究所)が開発した手法で、ウェブに公開されている賃貸不動産の空室/占室情報を、平米数や間取りなどを含めて10日に1回入手し、蓄積します。膨大に集めることができる反面、ウェブに掲載されている情報は、実際の状況を正確に反映していない面もあります。そこでとても質の高いデータを、3カ月に1回、別途収集します。これは不動産鑑定士が実際に不動産を見に行き、エキスパート・ジャッジメントを下すという高精度な調査になっています。この2種類のデータから、空室が3カ月後に埋まる確率、部屋が3カ月後に空室になる確率をそれぞれ導く統計モデルを作ります──この3つのプロセスが、他には真似の出来ない、われわれのプロジェクトの大きな特徴になっていると言ってよいでしょう。この手法の開発をさらに進めて、20年後、30年後の空室予測につなげていきたいと考えています。

ウェブからのデータ取得手法

データ提供者と利用者を結びつけるモデリング

僕が一番実現したいと思う研究のかたちは、このように非常に多くのデータ提供者・利用者がいて、それぞれのニーズとシーズをうまく融合するというものです。なぜなら、そのような研究は、必ず世の中にインパクトを与え、研究成果を社会還元できる。このことは僕の研究への強いインセンティブになっています。長い時間がかかりますけれどね。利用開始後にフィードバックをもらって、改良バージョンを作るといったことにも取り組んでいます。工学的分野では製品が動けばわかるし、医療分野なら治ればいいのかもしれない。しかしわれわれの分野では「従来モデルより10%精度アップしました」と言っても「都合のいいデータだけでやっているんじゃないか?」という人々の疑念を払えなければ、その技術が使われることはないでしょう。そういったところで、やはり人間がキーなんですね。

「大学時代、高速道路に表示する<○○まで○分>という数字を計算するのが、私の修士論文のテーマでした。道路を水路に見立て、水理学のモデルを使うことで、不慮の事故にも対応できる精度の高い予測ができました」という山下教授。それ以来、一貫して「世の中で使われない研究はしない」という。

(文:山下智志・池谷瑠絵 写真:北岡稔章 公開日:2015/08/10)