多様なる野外生物たちの戦略と進化。

2011(平成23)年の東日本大震災では、巨大な津波が東北地方を襲いました。以前から北海道から東北にかけての冷たい水域に住む魚「イトヨ(写真右)」を研究してきた北野潤特任准教授は、この時、自分の研究する魚の生息地が津波で襲われたことで、魚にどういう変化があったのか、実際のフィールドへの強い関心を持って「システムズ・レジリエンス」プロジェクトに参加したといいます。野外生物たちの持つ形態や行動の多様さに魅せられ、その進化の過程を次世代シーケンサーを用いたゲノム解析などによって明らかにしようという研究の現場から、その最新の成果をご紹介します。

ここにヘンテコリンな生き物がいる!

世の中には、ちょっと信じられないような派手な形をした生き物や、ものすごく精巧にできた生き物などがいて、その形態や行動は実に多様です。例えばアズマヤドリという鳥は、木の枝などを集めてきて大きなオブジェを作るのですが、巣として使うためではなく、単にメスを呼び込むためだけのものなんです。ところが立派に作ると本当にもてる(笑)。なんでこんなにヘンテコリンな生き物がいるのか、というのが僕の最初の疑問で、それがどのように進化してきたのかを知りたいと考えています。そこでトゲウオ科に属するイトヨという魚を対象に選び、行動や形態の違いを生み出しているゲノム構造を調べることにしました。イトヨ属は、ゲノム塩基数がヒトの約7分の1程度とかなり少ないことも、イトヨを選んだ理由のひとつです。

津波という環境変化とイトヨの進化

釜石の北、海岸沿いに大槌という、井上ひさしの長編小説『吉里吉里人』と関連して知られる地域があり、大槌川と小槌川というふたつの川が流れています。この大槌川を遡ったところにイトヨが生息していたのですが、津波でものすごい瓦礫に覆われた。絶滅したのではないかと思われたんですが、結局、生きていたんですね。ボランティアの人たちや自衛隊によって比較的早く瓦礫が取り除かれたことに加えて、湧き水の出る地域であるため、湧水口に入り込んで急場をしのいだのではないかと考えられます。また、湧き水によって新しい池ができたところがあって、そこにはイトヨが侵入してきていて、これの遺伝子を調べると、上流にいる回遊しないイトヨと海にいる回遊するイトヨの雑種が形成されていることもわかりました。生物が実際に移動して起こる進化の過程を、リアルタイムで見ることができたわけです。

「システムズ・レジリエンス」プロジェクト

「種」の違いは連続的である

ところで、極めて多様な生物がいるなかで、そのどこからどこまでがひとつの種なのかというと、その境は連続的であろうと僕は考えています。一般的には、ランダムに交配する集団を一つの種といい、ランダム交配する似た集団とは生殖隔離によって隔てられているというのが種の定義です。ところが生殖隔離は必ずしも100%ではなく、完全に隔離されているものもあれば、ごく少数交配するものもあって、明確な線を引くことができません。日本海のイトヨと太平洋のイトヨは、一見しただけではほとんど違いがわからないのですが、DNAがまったく違います。日本海のメスと太平洋のオスを掛け合わせると、オスが精子を作れなくなる生殖隔離が起こりますが、その他の組み合わせでは問題が起こらない。つまり、別種として分岐するかしないかの、ちょうど中間にいる魚たちなんですね。したがって、種が分岐する過程を研究するために格好のモデル系であると考えています。

インドネシアのメダカに見る性染色体

イトヨのゲノムを解析してわかったことは、日本海のイトヨだけに、オスのY染色体の一部と9番の常染色体がくっついて性染色体の一部になった「ネオY染色体」が見られることです。さらに常染色体9番の残りの部分も、性に関わる「ネオX染色体」として進化していました。ちなみに性染色体はメスがXX、オスがXYですから、Y染色体にはオスに有利な遺伝子が溜まっていくという理論があるんです。これらを考え合わせると、性染色体の進化が種分化に関わっているのではないかという仮説が生まれます。そこで今度はこの仮説を検証するために、メダカの研究を始めました(写真上)。哺乳類では性染色体にのっている遺伝子は、ヒトでもチンパンジーでも基本的にほぼ同じですが、メダカやイトヨでは、オスという性を決めるY染色体の組成が、種によってまったく違います。インドネシアのメダカの場合、性染色体はほぼすべてXX、XYという構造ですが、そこにのっている遺伝子がまったく違うのです。性染色体にのっている、特にオスの形態の派手さのような性差の進化が、種分化を生み出しているのではないか?──今、この疑問を解き明かそうと、フィールドと実験室内での実験の双方を駆使して検証しているところです。

「地球上で、生命はいかに生まれたか?──それは神ではないと言ったのは進化論ですが、真実はわからないという状況は今も変わっていません」。しかしながら「答えはあるはず」だという。「サイエンスとは、ある疑問に対する答えの与え方の一文化。ある仮説の立て方、証明のしかたをずっと積み上げて、一つの知識体系として綿々とつながっている」。一方、科学が弱い点もある。「科学としては1回きりのイベントを証明するのはかなり難しいんです。たとえば震災や原発等の環境変動によって突然変異率が高まったという仮説があっても、偶然の誤差よりも確実に高いということを証明するのはかなりハードルが高い。レジリエンス解明の難しさのひとつは、そこにあります」。

(文:北野潤・池谷瑠絵 写真:水谷充 公開日:2015/03/10)