ゲノムが語る、栽培イネはどこから来たか。

自分の目で確かめ、根気のいる実験を日々積み重ねていく──そんなサイエンスの伝統的なスタイルが主流だった生物学。そこへ何桁も違う大量データを生みだす次世代シーケンサーが登場し、さらにビッグデータ時代が到来します。時代の要請に応えて、ゲノム科学と統計学が協働する「新領域融合」研究としてスタートした「遺伝機能システム」は、すでにマウス、イネ、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ等のモデル生物において、いくつかの重要な成果を挙げているプロジェクトです。今回は2013年の成果から、データ中心科学としてさらに発展しつつある「野性イネ」の研究をご紹介します。

生命の多様さとゲノムをいかにつなぐか?

われわれ研究者の前に、非常に多様な生物遺伝資源が、とにかくどーんと大量にあります。この中にはまず、生物が持つ極めて多様な形態の情報があって、イネの場合なら花の形、実の大きさ、丈の高さなど、その生物を特徴づけている形態情報が大量に蓄積されているんですね。そして一方には大量のゲノム情報があります。ゲノムは単にアデニン(A) 、グアニン(G)、チミン (T) シトシン(C)の塩基配列(シークエンス)だけではなく、その中にコードされた遺伝子がいつどのように読まれて、発現するかという情報も含まれます。あるいは外からの刺激や環境等によって、生物がどう変化していくかという要素が入ってくることもあります。ところが、このように多様な形態の1つ1つが、いったい膨大なゲノムの中のどの情報(遺伝子)に対応しているのかが、わからない。これらを結び付け、本当に有用な関係性を抽出する方法を探り出そうというのが、われわれのプロジェクトです。

生殖隔離を起こすイネ遺伝子型の多重検定

融合研究じゃなければ始まらない。

海外の大学では、生物に限らずほとんどすべての学部に統計を扱う部門があり、また生物学では特に「バイオインフォマティクス」と呼ばれる分野が、大きく進展しています。たとえば、われわれのプロジェクトでも遺伝研と情報研の共同研究では、マウスの持つ顎の形のような形質の情報を、画像処理によって理解しようという課題に挑戦しています。この場合に難しいのは、なんといっても、生物学者の目には明らかな形質の違いが、コンピュータの目にはなかなか区別できるようにならないという点です。人間はたぶん、全体の印象と細部の印象を複合的に認識できる点で、コンピュータより格段に優れているのだと思います。コンピュータに理解させるには、顎の角度を決めるのはこの要素、先端の形状を決めるのはこの要素というように、とにかく1つ1つの要素に分解しなければなりません。ただいったん数値化できれば、要素を組み合わせたり再構築したりしてどんどん発展させることができるのが、大きな魅力ですね。

野性イネはなぜ解明できなかったのか?

イネの研究はこれまで、進化学をはじめとする遺伝学的な解析がほとんどで、また農業においては栽培化というテーマなどに沿って進められてきました。栽培イネは遺伝的な継承が明らかで、また遺伝子と形質の対応関係がある程度わかっているのですが、野生の集団はバラバラで、多様な自然変異を蓄積しています。また野性イネの系統は、現在のイネとはかけ離れて進化してしまっているため、簡単には交配させることができません。このような理由から、野性イネは、これまでの遺伝学的な方法で扱うのは困難なのです。そこでわれわれは遺伝研が保有する約450系統の野性イネの形質データとゲノム配列を、アソシエーション解析という方法を使って、統計的に結びつける研究を進めています。たとえば丈が高い系統から低い系統へ段階的に変化する形質データに対して、ゲノムの配列で同じような推移を示しているものはないか、と照らし合わせるような作業を行ったのです。

いよいよデータ中心科学へ向けて

このようにして調べた形質とゲノムの関係に加え、どの野性イネの系統が歴史的に先に出現したか、また地域的な分布に照らしてどのような関係があるか、といった縦軸・横軸の関係性を提示したわれわれの論文は、2012年にNature誌に掲載されました。遺伝的データをより詳しく探求していくために必要なステップとして、野性イネについて人間が持つ知識を拡げたという意義が大きかったと思います。またいろんな意味で影響力があり、たとえば私が参加しているナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)へ、国内外の研究者から野性イネの種子を配布してほしいという依頼が、これまでの2〜3倍に増えるといった反応もありました。しかし、実はこれからがいよいよ本当の研究なんです。たとえば統数研や東大との共同研究による解析方法の開発が、日々進展しつつあります。形質の特徴をどのような要素に分解するのか、どう統合するのかについても、まだまだ足りないものがある。もっともっと方法を洗練させたいと考えています。

少しでも触れるとぱらぱらと実が散ってしまうという形質的特徴を持つ、野性イネの1系統。収穫が難しいため、栽培に向かないことは明らかだ。栽培化に寄与する遺伝子が、ゲノムのどの領域にあるかも、すでに解明されている。

(文:倉田のり・池谷瑠絵 写真:水谷充 公開日:2014/04/01)