Science Report 028

データは誰のもの?04

市民と学術の世界のギャップをどう越える。

オープンサイエンスの主要な一角を占める、市民が参加する「シチズンサイエンス」。ところで、それは学術における「科学」や「研究」とどこが違うのだろうか?──たとえば、各地の旧家などに残された古文書等の貴重な歴史的資料は、自然災害等さまざまなきっかけで失われることが多い。そこで近年、地域や研究に不可欠な資料を収集し、デジタル化するニーズが高まっているが、このようなデータ作りの仕事はいったい誰が担っているのだろうか? また大学・研究機関等においては、基礎研究の最先端が追求される一方で、すぐにも社会実装できるような応用研究も時折、大きな注目を集める。どこまでが学術が担うべき「研究」なのか、その線引きは単純ではないようだ。──そこで今回は、シチズンサイエンスを活発に、そしてユニークに展開する2人を、金沢に訪ねた。
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堀井洋 代表(合同会社AMANE)

答える人:堀井洋 代表(合同会社AMANE)

ほりい・ひろし。仙台電波工業高等専門学校を経て、2002年北陸先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 博士後期課程修了、博士(情報科学)。専門は情報システム学。2009年、国内に散在する古典籍、歴史的・民俗学的な学術資料の保存・調査・研究・活用し、新しい価値の創成を目指す合同会社AMANEを設立。社内に高度な専門知識・技能を有した研究者・学術専門人材を有し、妻の堀井美里氏(博士(文学)・学芸員)は、日本近世史を専門とする同社業務執行社員の1人。東京農工大学非常勤講師。

湯村翼 研究員(情報通信研究機構)

答える人:湯村翼 研究員(情報通信研究機構)

ゆむら・つばさ。国立研究開発法人情報通信研究機構 総合テストベッド研究開発推進センター 研究員、北陸先端科学技術大学院大学 高信頼IoT社会基盤研究拠点 プロジェクト研究員。博士(情報科学)。大手電機メーカーや位置情報系ベンチャー、フリーランスを経て2015年より情報通信研究機構勤務。専門はユビキタスコンピューティング、ヒューマンコンピュータインタラクション。これまで、NASA International Space Apps Challenge、ニコニコ学会β、おうちハック同好会、NT札幌などのイベントやコミュニティの運営を務める。


大学が出来ないことをやって、地域のニーズに応える

石川県金沢市にある合同会社AMANE。学術や自治体の委託により、地域に眠っている古文書や立体物等の史料を掘り起こし、調査・解析して、デジタルデータを生成する。同社の堀井洋代表によると「データをつくる仕事ですが、裏方としてだけではなくて、私たち自身も文部科学省 科学研究費補助金による研究が行える、日本で最も小さい指定研究機関」なのだという。人文学の分野ではデータを駆使したデジタル・ヒューマニティーズが世界的にも盛んだが、元来アナログな人文・社会科学の資料をデジタル化するニーズは、日本でも高まる一方だ。ところが手間も時間もかかるため、作り手がいない。そこで2009年、学術レベルの仕事ができる会社を立ち上げた。「古文書からいかにいいデータを作るかは、私たちの腕の見せどころであって、実はそこに研究として新しい、面白い部分がある」。会社には、古文書を読んだり、日本史などの専門知識を持ち、それを活かして生きていきたいという修士・博士人材が集まる。「研究者が大学以外でどう働くのかというのをひとつのテーマにしているんです」と堀井氏は言う。

堀井氏自身は、情報科学を専門として、大学院に学んだ。しかし「自分の院生時代と比べても、大学のマンパワーがどんどん下がってきているし、これからもっとそうなるだろう」と懸念する。たとえば教授が学生を連れてボランティア的にフィールドワーク……といった活動は、法的な制約等からも実現が難しい現況があり、過去の風景になりつつあるのだ。「大学には研究、教育、社会貢献という3本柱があるけれども、やはり評価されるのは研究、中でも査読付き(専門家の審査を通過した)論文ですよね。でも大学には研究を支えるさまざまな仕事がある。そういう部分を担える存在が必要だと考えています。いろんな役割が持つ専門性を明らかにしてチームで取り組めば効率がいいし、その専門性を職業的にも確立していきたい」。

また大学と企業では、同じ作業をするにも違いがある。「大学では事業的なこととか、社会的なリスクを伴う活動は行えないなど、結構できないことが多いんですよ。一方、地域で求められるのは、最後までやってくれる実際に力となるような存在なんですね」。よく言われるのは、基礎技術を実用化する道のりには「死の谷」と呼ばれる難関があるということだ。「谷の際まで行くと、やっぱり向こう側へ行きたいなって思うわけです。そのためには企業という形でやろう──それが起業の動機でしたね」。

湯村氏に、山形県酒田から出た、江戸時代後半のものと推定される「ふすまの裏張り文書」を説明する、合同会社AMANEの堀井美里氏。「ふすまは通常このように不要になった古文書等を、片面9層ぐらい、うろこ状に張って仕立てます」という。これによって「補強できるし、通気性もいい」のだそうだ。「その中に結構重要な文書が入っていることがありまして、今回は福井の三国にあった商家の文書が張り込まれており、非常に面白い内容になります」。まずはがして、1枚1枚撮影してデジタルデータ化し、何が書かれているかを記すメタデータ作りの作業へと進む。

その技術を使って、もっと面白いことをやろうよ

一方、大学院修士課程を卒業後、民間企業と学術の仕事歴を持つ湯村翼氏。現在は研究機関での研究を本業としつつ、シチズンサイエンスをサポートしたり、自らも行ったりして「両方に足を置いている感じ」という。「おうちハック同好会というのをやっていまして、ゴミ収集日に玄関の電灯の色を変えて知らせるとか、お風呂のお湯が溜まったら知らせるとか、いろんなアイデアのアプリの情報を共有する活動を行っています」。またNASAの人工衛星が取得した公開データを使って、課題を解決するアプリケーションを作ろうという世界200箇所以上で同時開催のハッカソン「International Space Apps Challenge」では、8年にわたり日本の各都市での開催を支援する。この他「キーボードに映像を投影し、キーを押下すると効果が作動する」というキーボード・プロジェクション作品は、マスコミでも話題だ。「4年前に作った時は、完全に趣味だった(笑)んですが、面白がってくれる先生も結構多いし、論文にもなりました」。

しかし職場ではもちろん本務があることから、これらの活躍は「あくまでもサブの活動という位置づけだし、どこまで研究と言えるのか」と、湯村氏は悩む。「シチズンサイエンスは、アカデミアドリブン(駆動型)のものがほとんどだと思いますが、自分で何か作りたいから作ってみたというのも、数少ない市民ドリブンなシチズンサイエンスという位置づけになるのではないか」と指摘する。これまではアマチュア天文家や虫愛好家などによるシチズンサイエンスが多かったが、そこに情報系・工学系の活動があってもいい、というわけだ。

その背景には、コストの低下がある。「技術が民主化して、以前は個人ではなかなか買えなかったセンサーやプロジェクター等も、すごく安くなりましたよね。それと同時に、情報共有も今やTwitterとかを使って誰でも発信できる。昔は論文を書くしかなかったけれど、発信するコストも下がっている。それが、この10〜20年の変化だと思いますね」。

市民と学術の世界の「さかいめ」に立つ

堀井氏は言う。「たぶん私と湯村さんは共通するところがあって、地域の資料や、さまざまなシチズンサイエンスに関わっていると、一般市民としてどういう形で研究に取り組んでいくのか、また自分の立ち位置はどこなのかを考えるよね。それと同時に、大学の研究っていったい何だろうっていう疑問にもたどり着く。私は民間に移りましたし、湯村さんは学術の研究者ですし……」(堀井)

「いや、それが今まさに、絶賛悩んでいるところで(笑)。」(湯村)

「役割分担してチームで仕事をするためには、まず目標設定があって、その目標に対して最適化も行える。ところが学術全体の一番の目標は何なのか、それは明確になっているのでしょうか?」(堀井)

「本来は学術がまず変わっていかないといけないのかなと思っていますが、インターネット以前にできたしくみが、まったく現在に最適化されていないわけですね。たとえば査読というシステムでは査読者が誰かわからない状態でコミュニケーションする必要があるわけですけれども、昔の郵便システムに最適化されている。今ならメールなりチャットなり、いくらでもやり方はあるはずなのに利用されていません。しくみを刷新してしまうと、せっかくこれまで積み上げてきた成果はどうなるのかという疑念は残るけれども、たぶん研究者全員が、このままでは駄目だと感じているでしょう。論文は最近、「arXiv」という米国の大学が運営する論文アーカイブサイト等に載せることが成果として認められるようになり、少し変化を感じています」。(湯村)

「もっと評価の軸が多様であってもいいし、それぞれの評価についてもっと積極的な議論があってもいい。例えば湯村さんの作品が多くの人の目に触れて、いろんな人が価値を認めるならば、そこに新たな価値形成が起こるはずですよね。私はこのような意味からも、オープンサイエンスに期待しています」(堀井)

「その点、プログラマのコミュニティはいろいろ参考になると思っていて、ソースコードを登録・公開できるウェブサイトへ行くと、みんなが使っている、役立っているオープンソフトウェアがどれなのかがわかるようになっているので、結果的に評価システムとも言える。また東京では毎日のようにプログラマのための自主的な勉強会や大小のイベントが開かれていて、発表を通じて交流したりしていますよね。ふと、昔のアカデミアはこんな感じだったんじゃないかと思うと、その本来の意義を、今のアカデミアに取り戻すことができないのかなと考えたりします」。(湯村)

堀井氏(写真右)は現在、国立歴史民俗博物館との共同プロジェクトで、有事だけでなく平時にも消失しがちな史料を救出し、逐次公開していくしくみを検討中。あるジャンルの史料が日本にどれだけあって、収集する優先順位はどうなのか、現物はどう保存するのかといった課題にも取り組む。

(聞き手:池谷瑠絵 写真:河野俊之 公開日:2019/12/10)

大学や研究機関の論文・データ公開を支援する。

近年、特に日本の論文を含む学術論文を公開する「機関リポジトリ」の構築が、大学等に求められるようになってきた。そこで国立情報学研究所(NII)がクラウド型の機関リポジトリサービス「JAIRO Cloud」を提供したところ、2018年度末までに国内558機関が利用するまでに広がった。このサービスを実現しているソフトウェア基盤が、NIIオープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)が取り組む3つの研究データ基盤の2つ目、公開を担う「WEKO3」である(1つ目についてはこちら)。

現在運用中のWEKO2は学術論文のリポジトリシステムだが、研究データに対応し、よりスムーズで積極的な公開を支援するのが次世代リポジトリ「WEKO3」のミッションだ。

「開発のポイントの1つはメタデータ管理」という、同センター研究開発担当の林正治特任助教。論文では著者や日付などの書誌データがメタデータとして検索に利用されているが、研究データにも書誌データにあたる何らかのメタデータ仕様(スキーマ)を策定する必要がある。「WEKO3 はメタデータを自由に記述でき、たとえばそれを特定の研究分野の標準的なスキーマにマッチさせて出力したり、スキーマを入れ替えたりすることができます」という。公開にあたって、公開物とその所在(URL)を一意に結びつけるデジタルオブジェクト識別子「DOI」の付与も行える。

「WEKO3」で公開されたものは、基本的に誰でも利用できる。「研究データの流通を実現することで、オープンサイエンスがより外へ広がっていくことに期待しています」と林特任助教。来年度公開予定とのことだ。

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