ものづくりや社会のGOODに役立てる。
答える人:谷藤幹子 センター長 (物質・材料研究機構)
たにふじ・みきこ。国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)材料データプラットフォームセンター(DPFC)センター長。国際学修士。物理系学術誌刊行協会 事務局長補佐として、物理分野の英文オンラインジャーナルの出版、海外の電子化技術、標準化の導入、STMコミュニティ連携、日本のオンライン出版基盤J-Stageの初期開発に携わる。2005年NIMS着任、2018年より現職。電子出版、XMLデータベース、XML Schemaの開発とXMLデータからの書誌情報活用サービスの開発に携わり、理工系分野でのオープン化を推進。現在は、オープンサイエンス時代における材料データのオープンプラットフォームシステムの研究・開発に従事。日本学術会議特任連携会員、内閣府オープンサイエンス検討会委員、文科省学術情報委員会委員等を歴任。応用物理学会会員。
答える人:福島健一郎 代表取締役(アイパブリッシング株式会社)
ふくしま・けんいちろう。北陸先端科学技術大学院大学卒業後、沖電気グループのソフトウェア会社にて音声認識・言語処理技術の研究開発、基幹系システム、Webシステムを手がけた後、新商品開発や新規顧客開拓業務に従事する。2009年、スマートフォン専業のアイパブリッシング株式会社を創業し、石川県金沢市を拠点に医療・ゲーム分野や自治体向けのアプリ・コンテンツを幅広く開発。早くからオープンデータに注目し、2013年、全国で初めての「Code for」コミュニティである一般社団法人コード・フォー・カナザワを設立し、代表理事として地域課題をITの力で解決するシビックテック推進に注力。内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー。
スマホ画面の素材はどこから来るのか?
国内で最先端の材料研究・開発拠点であるNIMSは、3年前に材料データプラットフォームセンターを設置し、物質・材料に関する研究データを収集、研究利用のためのデータ記述方法を開発、利活用・公開を可能とするデータプラットフォーム事業を推進している。谷藤幹子センター長に聞いた。「私は国研という環境でオープンサイエンスを実践することを仕事にしています。具体的には材料科学分野の論文データやその他の研究データを、これまでにデータベースやリポジトリというかたちで公開してきた歴史に、新たにオープンというコンセプトを組み入れ、さらにデータ駆動という研究手法に応えるデータ基盤の開発に取り組んでいます」。
スマホ画面ひとつにしても何らかの材料から出来ているのだから、材料はまさにものづくりに直結する分野だ。だが「地球科学やゲノム研究と違って、材料系分野では、世界の科学者が協力してデータを集めて使う取り組みは限定的で、1人サイエンスが可能なくらい独立性が高い」と谷藤センター長は言う。「個々の研究室から生み出されるデータを系統立てて管理し、他人にも利用可能なものに整備して公開するのはたいへんな作業」なのだという。
中でも物質・材料データを記述するメタデータは、利活用を左右する重要な部分なため、設計には2年を要したそうだ。「利活用の目的にかなったメタデータモデルであっても、研究現場で大変な労力がかかり実際的でないことがあります。世界標準に沿ったメタデータを設計しても、現実と折り合う妥協点を領域ごとに議論し、アシストするツールを開発するなど、成果としてのデータと、使うためのデータの間の溝を埋め、相互に補いながら進展させていく点がポイントです。アメリカや欧州は、コミュニティとして溝を埋める活動が上手ですね。民間も入って標準化や実用性を共有し、相互運用を進めようとしています。われわれが考えた記述法がどれだけ解析や予測の研究トレンドの中で実際的なのか、また企業での開発に有効か、オープンデータの挑戦課題です」という。
オープンデータが拓く新しい産学官連携
2011年のオバマ大統領のマテリアルズ・ゲノムイニシアティブをきっかけに、データを蓄積し、データサイエンスやAIを駆使して需要の高い新規物質を探索したり、新規分野を開拓したりするマテリアルズ・インフォマティクスが急伸した。データ駆動型の研究開発をどれだけイノベーションに結びつけられるかは、米国だけでなく日本を含めた多くの国の関心となっている。NIMSでもオープンデータの推進とともに、特定の共同研究開発にはクローズド戦略を併用するなど、さまざまな形態の産学官連携が進行中だ。
「データが公開されるとどんな世界が開けるか、その一例として、NIMSでは、2015年から民間企業約90社が参加するデータコミュニティ「MI2Iコンソーシアム」を運営しています。定期的にセミナーを開催して、NIMSのデータ源を使った利活用の経験談や研究成果を発表・共有していただいています。また材料について誰に聞いたらよいだろう、どこに行けば分かるのだろうといった疑問や、自社内のデータをどのように持ったらいいかというデータ標準化に関わるニーズにも応えています」。
福島氏から「それは本当にオープンに、誰でも参加できるのですか?」との質問が寄せられたが、谷藤センター長の答えはOKとのことだ。
なぜシビックテックがビジネスになるのか?
一方、もともとは情報系の研究者だったという、アイパブリッシング(株)代表取締役の福島氏。現在取り組んでいる「シビックテック」とは、まずどういう活動なのだろうか。「シビックテックは、市民が参加してテクノロジーを使って社会の課題を解決したり、自分たちの住んでいる社会をよくしようという活動のことです。市民活動として非営利の部分もあるのですが、それが雇用を生むような、社会課題を解決するビジネスにできたら、より大きなソーシャルインパクトを起こすことができます」と福島氏は言う。
「よく例に出すのは、米国ボストンでコード・フォー・アメリカという団体が始めた消火栓のアプリなんです。ボストンでは冬、雪が多くて消火栓が隠れてしまい、雪かきしなければいけないのだけれどもなかなか手が回らない。そこでネット上に位置をマッピングして「雪かきしてくれる人募集、手をあげた人は消火栓に名前を付けていいよ」というサービスを始めたんです」。情報系の技術で社会の課題がダイレクトに解決できる──福島氏は、その事実に目を見張った。「これなら、われわれエンジニアのスキルをそのまま生かすことができる。日本のプログラマもきっと喜ぶと思って、金沢を拠点にコード・フォー・カナザワを立ち上げ、石川県全域での活動を開始しました」。2013年のことだ。
「最初に作ったのはゴミ回収日のアプリというすごく単純なものでした。当時、ゴミ回収日の情報は紙では配付されていても、データとして整備されたかたちではオープンになっていなかった。その時わかったのは、オープンになっていないとどこに社会課題があるか分からないし、解決するために必要な素材もないということでした。政府や自治体は税金を使ってやっているわけですから、やはり見えるようにしていく必要がある。そのあたり、欧米ではITを使っていろんな手法が実際に試されているんですね」。
九谷焼の図案のプリントで起業する
福島氏の周辺で、オープンデータから実際にビジネスが起こった事例もたくさん生まれているという。たとえば石川県の能美市九谷焼資料館が所蔵する九谷焼の図案をオープン化したところ、「最初は紙皿で、九谷焼の画像を印刷したら本物のお皿に見える、ちょっと高級感ある商品が生まれました。それからオープンデータではたぶん最高額の利活用だと思うのですが、新築の家に九谷焼の画像データを使う、ハウスメーカーさんの事例があります。施主さんと相談しながら壁紙やランプシェードなどに九谷焼の絵を入れていく、和風の注文住宅のブランドを展開されています。」
美術館等が所蔵する文化遺産データをオープンにしようという動きは、EUのデジタルプラットフォーム「ヨーロピアナ(Europeana)」をはじめ、既に世界的にあるものだ。所蔵作品を「思い切って」公開した資料館も、公開後の反響に触発されてか、オープンデータの展示やミュージアムグッズの製作・販売を開始したという。「地元の人が自分たちの資産をうまく世の中に広めたいという思いが、活気がもたらす。そこからまた別の人が可能性を広げてくれるといった連鎖も起こりやすいんです」。
「すごく同感です」というのは谷藤センター長だ。「物事をオープンにすると、そのコンセプトで参加のすそ野が広がるというのは、今の時代らしいと思いますね。デジタルだからできること。物々交換ではできません(谷藤)」。「そうなんです。3Dプリンターもそうですけど、今まではものづくりは特別な人しかできなかったのが、どんどん民主化されてきています。昔に比べたら作るのも発信も、はるかにラク。今後、そういった要素が大きくオープンデータの発展に寄与していくのかなという気がします(福島)」。
もう一歩先の連携が描き出す未来
福島氏は今、オープンデータに関わってきた立場から発信したり、さまざまな業界の専門家の話を聞いてオープンデータをプロデュースしたりと、仕事が広がりつつあるという。最近は金沢市と企業のグループが円卓を囲み、オープンデータへのニーズや実現性について意見を交わす懇談会のオーガナイザーも務める。「金沢がもしいち早くデータをオープンにして、企業がその利活用で実証実験的にでも「これ、すごいね!」という新サービスを生み出したら、一気に全国に広がる可能性があります。シビックテックも全国に広がっているので、データやそれを使いこなす技術をつないで、自分たちの社会をよくするための仕組みを作りたい」。
一方、谷藤センター長は、研究所内に変化を見る。「印象に過ぎなかったものが確かめられるとか、人が発見できなかったものを機械が気づきを与えるというふうに、自分一人でできるサイエンスの幅が広がり、デジタルが融合することのダイナミズムを体感する機会が増えていると思う」。
「私は今、材料の分野に携わっていますが、アプリやサービスを通じて、社会の中でデータがつながるということをもっと実感できるといいなと思います。そのようにして社会が活性化することは、日本にとっていいことだと思うから。福島さんの取り組みは本当に素晴らしいと思うのは、金沢の情報をデジタルにし、蓄積し、それによって新たな気づきが生まれ……というプロセスになっているとお伺いしたことです。それはもうサイエンスであるか否かを越えて、日本の将来を拓くきっかけなのではないでしょうか(谷藤)」。
(聞き手:池谷瑠絵 写真:河野俊之、飯島雄二(コラム) 公開日:2019/11/11)
研究室のデータ管理もオープンサイエンスで進化する。
国立情報学研究所にあるオープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)は、学術論文・データ公開の推進に加え、人には気づかれなかったつながりを発見して研究を加速化したり、研究者不正を未然に防ぐ研究記録やデータ管理を実現したりといった大学等のさまざまなニーズに応える研究データ基盤(システム)を開発している。このうち「研究データ管理(RDM: research data management)」の機能を担うのが「GakuNin RDM」というサービスだ。
「研究データを管理・共有するには、まず日々の研究習慣から変わっていく必要があります」という同センター研究開発担当の込山悠介助教。「たとえば大学等の研究室ではよくファイルサーバに研究データを保存していますが、「GakuNin RDM」はこれらの代わりに、研究データをタイムスタンプ付きで一元的に管理したり、研究でよく利用されているクラウド上の外部ツールと連携して情報を保存したり、共同研究者とデータを共有したり……といった便利な研究環境を提供します」。
システムは既に実証実験段階に入っており、2019年は全国の14大学が参加して、使用感のフィードバックが始まっている。生物学の論文に含まれる画像データを保存する際に、不正な改ざんがなかったかを判定し易くする研究公正機能などについても、東京大学との共同研究によるテスト運用が進行中だ。「今後いっそう研究者自身にツールとしての魅力を感じていただき、日々の活動に採り入れて研究を推進していただけたらと考えています」。