Science Report 006

北極を知って地球を知る。06

北極と日本って、どんな関係?

遠い極寒の地にある北極が、近年、日本に近い存在になりつつある。これには2013年「北極担当大使」が任命され、同年「北極評議会」のオブザーバー国となり、また2015年には初の包括的な「我が国の北極政策」が決定されて、北極研究・観測や国際協力を具体的に推進することになったという一連の背景がある。国際社会が北極圏に注目していく動きのなかで、日本には特に、研究成果によって科学的事実を示すことへの期待がかかっているという。自然科学の知見とデータを社会のニーズにどうつなげていくか──科学者の挑戦が続く。
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答える人:榎本浩之教授(国立極地研究所)

国立極地研究所教授。北海道大学卒、スイス連邦工科大で海氷と気候の研究で博士号取得。北見工業大学教授を経て、2011年より現職。また現在、同国際北極環境研究センター センター長。北極・南極等における数多くの海氷・氷河・雪氷の観測に参加。2015年にスタートした北極域研究推進プロジェクト(ArCS)ではサブプロジェクトディレクターを務め、国際連携に基づく北極域の研究・観測拠点の整備、北極協議会への専門家派遣等を通じた科学技術外交を担う。略歴はこちら


科学的証拠で、国際的舞台で日本の存在感を示す

「北極評議会」をはじめ北極圏を巡る国際社会の議論に、科学者が参加・協力する場面が増えている。「北極における急激な自然環境の変化とともに、それがなぜ、どのように起きており、将来どうなるのかが、北極域の国々だけでなくグローバルな問題となってきています。すると豊富なデータや研究成果を持っているほうが発言力が強いんです」と、国立極地研究所の榎本浩之教授は言う。「科学的成果をどれだけ社会的に有用な情報にできるかが求められており、それがまさに現代の北極研究の姿だと考えています」。しかし北極の環境変化は非常に速く「たとえれば自然環境の変化と人間社会の活動が競争しているような感じで、自然界の変動のほうがちょっと走るのが速い」のだそうだ。国際協力の下で、研究コミュニティがどの観測に注力すべきかという「観測戦略」が、一層求められていると言えるだろう。

北極評議会の6つのワーキンググループのひとつで、北極の海洋環境の保全に関わる政策と非事故時の環境汚染防止措置等について活動する「PAME」総会にも、オブザーバー席に日本の科学者が参加した。2016年9月、米国ポートランド州メインにて。撮影:大塚夏彦(『ArCS通信』より)

北極研究を地球の未来のために役立てる

榎本教授が取り組む北極域研究推進プロジェクト(ArCS)は、GRENE北極気候変動研究事業(SR001参照)を引き継ぐ北極研究のオールジャパン体制だが、この挑戦が今、世界の研究コミュニティの関心を集めているという。「中緯度の国からコンパクトなチームがやってきて活躍しているという印象を与えていますね。長期的な視点に立った観測拠点の配置、シミュレーションによる気象・航路予測、データアーカイブの構築、現地社会への情報発信や若手育成等の活動については、北極圏の国々にも完成された方法があるわけではありません。逆に日本が遠い国だからこそ、乗り込んで行って貢献できる面もある。アメリカやカナダに同時観測の協力を要請したり、予測精度が向上するような観測方法を提案したりして、データづくりの指標やモデルケースを示すような貢献を進めています」。

去る2017年3月18日(土)星陵会館(東京都千代田区)で行われたArCSの公開講演会「北極研究と日本ー我々はなぜ北極を研究するのかー」での榎本教授の講演から。北極域の海氷は一年のうち毎年9月に面積が最小になるが、2012年に最小を、2016年に過去で2番目の最小面積を記録したことがわかっている(→SR002参照)。ところが、2016年から2017年にかけてのこの冬、なかなか氷が回復しない状態が続いており、特にノルウェー近海やアラスカ付近において顕著であるという──最新の観測データを報告した榎本教授は「北極研究では、登ったつもりがまだすそ野にいた、と思うことがたびたびある。変化が続いている北極の環境です」と話した。

先駆的なるグリーンランド

ところで、北極域の中でも特に大きな気象変化の途中にあるのが、グリーンランドだという。この世界最大の島は、面積の80%以上が氷床に覆われ、南極大陸に次いで地球上に現存する2つの氷床のうちの1つだ。氷の厚さは沿岸近くで1,500m、内陸部では3,000mにも及び、氷は中央部から沿岸へ向かってゆっくり流れ、海に落ちて氷山が生産される(→SR003参照)。「グリーンランドは、将来南極で起きるかもしれないことを先駆的に示している、と見ることもできるんですね。陸上の氷床は雪が降り積もり、圧縮されて出来たものです。現在、スカンジナビア半島やカナダ等に広く点在する湖は、氷河期時代の氷床の名残で、氷の重みで沈み込んでいた地表が隆起したものと考えられています。グリーンランド氷床も今どんどん溶けていて、もし消えれば湖になると考えられるんですね。パリ協定が採択された2015年の『COP21』では、世界の平均気温上昇を産業革命から2度未満、できれば1.5度に押さえるという目標が示されましたが、1.5℃以上でグリーンランドが急速に溶けるという予想もあります」。

海岸線に臨むグリーンランド北西部のカナック村は、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の観測拠点の1つ(写真右)。撮影:大橋良彦(『ArCS通信』より) 写真左は、村から20km離れたボードイン氷河で2016年7月に実施された野外観測の様子。近年変化の激しい氷河末端部に着目して、2013年から毎年観測が行われている。撮影:エヴゲニ・ポドルスキ-(『ArCS通信』より)

現地でワークショップを開いて住民と科学者をつなぐ

北極域で観測や研究を進めていくには、もともと生活している先住民の人々とその社会とどう関わっていくかも重要な課題だ(→SR005参照)。「遠い国の人が勝手にやって来て見慣れない計測機器を置いていったというのではなく、何を調べに来たのかを説明して、一緒にデータを取る。また住民の人たちも長年の経験や知識を提供したり、道案内をしてくれたりする。我々が手に入れたデータや計算結果を現地に伝えて、その生活に役立てる──そういった関係を築くモデルケースとして、現地でのワークショップなども開催しています」。またこのような会合で、観測データを統合する「北極域データアーカイブシステム(ADS)」を紹介したところ、予想以上に大きな反響があった。「自然科学のデータだけでなくもっと社会科学的な情報も入れる必要を感じました」と榎本教授は言う。動植物の生態、産業活動、国際政治、安全対策などが連携していけるような情報提供を、今後一層目指していくという。

2016年7月にカナックで開催された、現地で暮らす人々とのワークショップの様子。グリーンランドは人口約5万6千人で、その公用語はグリーンランド語であることから、グリーンランド語と英語の通訳を準備して行われた。撮影:西沢文吾(『ArCS通信』より)

自然環境も、それを取り巻く人間社会の動向も、ますます激しく変化する北極域。またこの変化は、科学者たちの予想を越えて、日本をはじめ中緯度地域にも及んでおり、日本と北極の関係は、これからますます近くなりそうだ。──学術の役割と活動を広く紹介するサイエンス・リポートは、今回をもって「北極を知って地球を知る。」(全6回)を終了し、次回より新シリーズをお届けする。

(聞き手:池谷瑠絵 特記外の写真:飯島雄二 公開日:2017/04/10)

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