Science Report 002

北極を知って地球を知る。02

北極が温暖化すると日本の冬が寒くなる?

2016年冬、東京都心で11月に降るのは54年ぶりという初雪が舞い降りた。2016年12月には、札幌市で10日に積雪65センチ、次いで23日には積雪96センチもの大雪となり、空の便が大幅に欠航となるなど交通に大きな影響があったことも、記憶に新しい。実は日本だけでなく、近年、北半球の中緯度圏にある北米、ヨーロッパなどの広い範囲で、冬に記録的な冷え込みや大雪などが発生し、さまざまな被害が出ているという。確かに、世界のさまざまな地域で、地球温暖化による過去に例のない大規模な干ばつ、洪水などの異常気象が起こるようになってきた。しかしこの「寒冷化」する現象も、地球「温暖化」の影響だと考えることができるのだろうか?
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答える人:猪上淳准教授(国立極地研究所)

温暖化が進む極域の気象を、大気・海氷・海洋の相互作用から総合的に理解する研究に取り組む。特に北極海において、熱や水を移動させる源となる低気圧や、海氷減少と関連する中緯度の異常気象等の現象に注目し、極地観測と高度な解析の両刀で解明に挑む。略歴はこちら


地球が温暖化しているのに日本の冬は寒い

ニューヨーク、マンハッタン島の脇を流れるイースト川が凍りつき、一面に氷が浮かんだ。北米東部を襲った記録的な寒波により、ニューヨークはー18度、五大湖でー15度、フロリダ半島で0度と、米国各地で最低気温が更新されたのは、2015年2月のことだ。「さかのぼると2005〜6年の冬にも、日本海側で豪雪による大きな被害があったんです。データを集めてみると2000年代後半から、北半球の中緯度圏で、冬に低温や豪雪などの被害が出ていることがわかりました」というのは、国立極地研究所の猪上淳准教授である。ふつうに考えれば、地球が温暖化しているのだから、どちらかというと暖かくなりそうなものだ。「ところが、その豪雪の直前の夏は、当時観測史上、北極海の海氷面積が最も小さかった年でした。そこで、北極の海氷が少ないことと日本の気象には関係があるのではないかと考えたのです」。

既に根雪が張る2016年12月20日の札幌。撮影:猪上淳

日本の冬を寒くする空と海のメカニズム

海氷面積の減少は、今、北極に起こっている大きな変化のひとつだ。衛星観測で正確に海氷面積を把握できるようになった1979年以降、北極域では毎年ほぼ北海道に匹敵する面積の氷が減っており、2007年と2012年に年最小値を更新した後、現在、実は2016年が2番目に少ない年となっており、実際12月には大寒波が北米を襲った。北極は地球全体の環境変化に対して重要な役割を担っているが、気象の変動についても、北極に連動して遠隔地が変化する「テレコネクション(遠隔応答)」という現象が知られている。応答するメカニズムをどう解くか?「ヨーロッパの高緯度地域が暖かいのは、南からメキシコ湾流が北大西洋へ上ってくることがひとつの原因です。私たちが発見したのは、これに加え、近年海氷が減ってしまった海上に発達する冬場の低気圧が北へ移動しており、さらにこの低気圧による南風が、海氷を北へ押し流しているという事実でした(プレスリリースはこちら)」。南風を受けて北極海はいっそう暖まり、一方の陸は寒冷化して、相対的に高気圧となる。「日本では、冬型として西高東低の気圧配置が知られていますが、その西側の大陸上の高気圧の寒気、すなわち"冬将軍"が強くなることに相当します」。猪上准教授は現在、「北極域研究推進プロジェクト(Arctic Challenge for Sustainability: ArCS)」において、さらにこの問題に迫っているところだ。

世界の科学者が協力して気象データを集約

ところで気象の解明や予測に不可欠なのが、自然界から取得される実際の観測データである。猪上准教授によれば、地上観測による基礎データや衛星観測データに加え、地上から高さ約30キロメートルまでの気温・湿度等の高層気象データが大切なのだそうだ。しかしながらそれらの観測地点は現在、北半球を中心に人口が多い地域のデータが多く、北極・南極や発展途上国等では非常に少ないといった偏りや不足があるという。また観測したデータは、直ちに世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO)へ送られることで、世界中の信頼度の高い観測データが1カ所に集められ、しかもリアルタイムで使用可能となるしくみだ。

高層気象観測に使われるラジオゾンデ。ヘリウムを充填したバルーンにラジオゾンデを吊り下げて空へ放つ。大気の気圧、気温、湿度、風向・風速等を測ることができ、世界の数百か所で1日2回、同時に実施されているという。「観測手法としては古いものの、同時に行うと各地の高度ごとの細かな気温・湿度のデータが取れるため、どこの地点のどの高度でどんな風が吹いているかといったことがわかる」という。撮影:猪上淳

北極の観測が気象予測の精度を上げる

リアルタイムでWMOに集められたデータは、日本、アメリカ、ヨーロッパをはじめ各国の天気予報に即時に利用されている。「リアルタイムデータを基に複数のモデルを比較したり、与えるデータを差し替えて結果の違いを検証したりする予測可能性研究が、気象・海氷予測の精度の改善に大きく貢献します。また解析結果により、どんな観測を追加すればよいか等もわかるわけです」と、猪上准教授は言う(最新の研究成果はこちら)。「日本の気象学は伝統的に熱帯を中心に発展してきましたが、最近は北極も注目されつつあります。2017年からの2年間はYOPP(極域予測年、The Year of Polar Prediction)も予定されており、世界的に天気予報の精度が向上していくでしょう」。

実際の北極海の海氷面積をリアルタイムで表示する「北極域データアーカイブシステム(ADS)」と、その研究開発を担う、写真右から矢吹裕伯特任准教授・杉村剛特任研究員・照井健志特任研究員(国立極地研究所)。スタート地点とゴール地点を指定すると最適ルートを算出してくれる北極航路シミュレーター、北極海の海氷密接度や海水面温度のデータ公開など、日本や北極圏諸国のニーズに応えるさまざまな情報を提供し、月間100万PVものアクセスを集める。極域の大気、海洋、雪氷、陸域、生態に関する観測データ、JAXAが提供する宇宙データ等を統合的に、また可視化して提供するオープンなシステムとして2012年稼動開始。現在は、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の成果を集約するプラットフォームとして、全球地球観測システム(Global Earth Observation System of Systems: GEOSS)や世界気象機関(WMO)をはじめ国際機関へ送るデータの整備も担う。

遠隔の地である日本の冬の寒冷化が北極の温暖化増幅と関連しており、猪上准教授らの研究によって、北極の海氷が少ない冬に日本が寒くなるという関係があることが明らかになった。また観測、解析、予測するために不可欠なデータ共有等の国際連携が、活発に進められていることも印象的だ。次回も引き続き、北極の科学について報告する。

(聞き手:池谷瑠絵 特記外の写真:飯島雄二 公開日:2017/01/10)

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