Science Report 032

デジタルな人文、データな社会 02

データが語る、路地のロジック!

「路地が関係あるんじゃない?」──自殺が少ない地域には、どんな自殺予防の要因があるのかを調査する中で、路地に注目したという統計数理研究所の岡檀特任准教授。どうしたら自殺が減らせるか。自殺には、経済的・社会的な要因があることが知られているが、人が住む場所の物理的な環境に注目し、自殺が少ない町には路地が多いことをつきとめた。ビッグデータ時代の到来以前から、現地へでかけて調査する「質的研究」と、データをコンピュータの中で解析する「量的研究」を組み合わせて、手作りでモデルを作り上げる。岡特任准教授と、その共同研究者である多摩大学の久保田貴文准教授に、データを駆使して路地と自殺の関係を捉える研究について聞いた。

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岡 檀 特任准教授(統計数理研究所、慶應義塾大学)

答える人:岡 檀 特任准教授(統計数理研究所、慶應義塾大学)

おか・まゆみ。統計数理研究所 特任准教授、慶應義塾大学大学院 特任准教授。博士(慶應義塾大学大学院、2012)。自殺、介護などの社会問題に注目したコミュニティ研究で知られる。専門はこの他、健康社会学、社会疫学。社会調査において質的・量的アプローチを用いて、丹念な実地観察と、社会的な要因の数値化、さらに指標化を目指す。著書に『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある(2013年)』ほか。

久保田 貴文 准教授(多摩大学)

答える人:久保田 貴文 准教授(多摩大学)

くぼた・たかふみ。多摩大学経営情報学部 准教授。専門は応用数学、統計数学。 場所・地域に関連する空間統計データの解析や、医薬・健康に関連するリスク解析のほか、統計データの視覚化も手がける。博士(学術、岡山大学、2012)。岡山大学卒業後、統計数理研究所等を経て2014年より現職。同年第2回藤田利治賞受賞。日本計算機統計学会評議員・理事。


自殺が少ない町には、路地が多い

「私の場合はまず地域の観察から始めます」という、統計数理研究所 医療健康データ科学研究センターの岡檀特任准教授。そもそもはアンケート調査などから、自殺が少ない地域に特有の思考傾向や行動様式に「援助希求(周囲に助けを求める)能力が高い」点があることがわかってきたのだという。そこでさらに観察を続けていくうちに、そのような町は密集していて、路地が多いことがわかってきた。「すると、『もしかして、これ自殺率に関係している?』というところを調べてみたくなるわけです」。

自殺を含めて、身体的・精神的健康に関わるさまざまな要因が、かつて考えられていたように具体的な細菌やウイルスだけではなく、今や社会、経済、貧困といったさまざまな要因が関係していることは広く知られている。しかし、「『路地が関係あるんじゃない?』と思ったところで、それだけでは自殺を防止する提言にはつながりません。路地というものをどう数値化して、自殺率データとどう連結させるかというところが肝心」と岡特任准教授は言う。

「路地」とは何か、まずその定義からして「すごく曖昧」だという。「路地が少ない地域と多い地域があるのは、誰もが感覚的にはわかっているし、やはり険しい山間部には非常に少ないし、海岸部の密集したコミュニティには多いわけですね。しかし例えば道路幅何メートル以内の道といった決まりは何もないし、地図にも載っていたり載っていなかったりします。一般的に考えられているのは、自動車は通れないけれども、人は通れて、日常的に利用されているといったところでしょうか」。

そこで客観的に数量化していくために、統計学、都市工学、土木の研究者の意見を聞いたり、中でも地図会社の方々の協力を得られたことが、指標作りを大きく進展させたという。ちなみに、車道に接していない建物には、アクセスするための路地が存在する可能性が高いことに注目したこの路地推定法は、現地でのきめ細かな検証を通じて82%の判定率を達成し、公益財団法人日本測量調査技術協会令和元年度「優秀技術論文会長賞」を受賞した。

質的×量的アプローチで社会的な要因をつきとめる

では具体的に、どのように指標化するのか。岡特任准教授の場合は、まずは足を使った入念な地勢調査から始まる。「現地を見て、路地ってこういうことだよねということを、体感的にまず一応書き出してみて、その条件を兼ね備えるためのロジックは、どうしたらできるだろうということを研究グループで話し合います」。

「『路地のロジック』って、駄じゃれみたいなんですけど(笑)、次に、路地を抽出するロジックを実際に作って計算します。そして計算が本当に合っているかを、現地に戻って検証するんです。的中率が80%を超えるまで、これを繰り返して精度を上げていきます」。この質的・量的という両方の手法を行き来する混合アプローチが、研究を始めた当初からの岡特任准教授の手法だ。「現地へ行かなければ、指標に入れるべきものをやはり見落とすし、計算してから再び現場に戻って合致しないものが見つかれば、やはり修正を重ねていきます。私は、データについてはぴったりフィットするものを探し求めるし、これだけでは見たいものが見られない時は、とことん探すし、なければ作る──これは、自分のこだわりですね」。

このようにして東京都、大阪府、三重県を対象に検証した結果、3つとも路地の割合が高いコミュニティほど自殺率が低いことがわかった。ではなぜ路地が多いと自殺率が低いのだろうか? 「路地では人と人のコミュニケーションが自然と促されているとか、周囲の異変に気付きやすいなど、いろんな理由が考えられます。コミュニティをよい状態に維持するには、やはり問題の早期発見が大事なんですけれども、それがなかなかできないために家庭内暴力や児童虐待が重症化して、また非常に悪化してからでないと表面化しないというようなことが、自殺が少ない町では起きにくいわけです。路地に注目することが、このような社会的な要因の礎になる物理的な構造として役に立つのではないという仮説を立てているわけですけれども、実際今、このような要因との有意な相関が現れてきているところです」。

「研究の世界に入る前は、データと聞くと、無機質な数字の羅列というイメージがあったんです。でも実際に研究してみて、社会に散らばっているあまたの事象というものを、データというかたちで蓄積し分析することによって、ある人間像が浮かび上がってくるんだなということを実感しています。無意識に繰り返される思考パターンとか、言われてみれば納得するような行動様式とかがあぶり出されて、データというのはある意味ものすごく人間くさい材料なんだなということを感じ、興味が尽きません」。

空間統計学の視点で、路地の指標化を検証する

ところで、岡特任准教授がこのような研究を始めることになったのは、約10年前にさかのぼる。そもそもは自殺の要因と可住地傾斜度(人が居住し得る土地だけを対象にその傾斜を求めた指標)に注目し、「統数研の藤田利治教授(当時)が構築した3,318市区町村の自殺率のデータセットを使わせていただいたのがそもそもの始まり」と、振り返る。「当時はビッグデータもオンサイト室もなかったので、このデータ加工し標準化する作業には、ほんとうに苦労しました。藤田先生が『食材と一緒だ』と。『データが傷んでいたら、どんなに技術が高い名シェフが調理しても、そこまでの結果しか出ない。ここで頑張っておきなさい』と繰り返しおっしゃっていたのを、今も肝に銘じています」。

空間統計学を専門とする、多摩大学久保田准教授との共同研究もその当時にさかのぼる。久保田准教授は「『そもそも傾斜度ってどういうふうに計算しましょうかね』といったご相談を受けたのが始まりですね。椿広計 現・統計数理研究所所長と、傾斜度と自殺の関係性をモデル化する時に、非線形というモデルを使うと、よりわかってくるんじゃないかといった議論になったことを憶えています」と言う。

その「非線形」が画期的な結果をもたらした。まず下図にある「自殺SMR」だが、「SMRというのは自殺地域研究によく使われる指標で、標準化死亡比(Standardized mortality ratio, SMR)のことです。実際にその地域で人口構成や年齢分布などから予想される自殺者の数に対して、実際の自殺者が何倍いるかを指標化したもので、値が大きくなるほど自殺が多いことを意味します。例えば予想される自殺者(=100)と比べた数値なので、例えば30ならば自殺稀少地域ですし、300ならば、3倍の自殺者が実際にいる自殺多発地域であることを示しています」と久保田准教授は言う。

「この非線形モデルからは、単に標高が高いだけでは必ずしも地域の自殺率に影響しないのですが、ここに傾斜という要素が加わることで強い影響が生じて、自殺率が高くなっていることが読み取れます」と岡特任准教授。それは線形モデルでは現れなかったのだという。

議論に基づいて岡特任准教授がモデルを作り、久保田准教授がモデルとその解釈などについてさらに検討を加える。このような共同研究により、続いて、路地の存在と自殺SMRの関係を分析したのが下図である。左は路地、右は自殺率で、路地の少なさと自殺の多さが一致しているのがわかる。

未曾有のコロナ禍社会と自殺について考える

では、自殺をテーマに地域特性を比較する研究から、現在全世界が見舞われているコロナ禍を見ると、どのようなことがわかり、また予見されるのだろうか。

「歴史的に戦後2回ぐらい大きな経済危機があって、その時にもう非常に分かりやすく自殺率もボンと上昇しています。しかし、これをもっと細かく地域別に見ていくと、実は2回ともに自殺がもともと少ない地域ではそれほど跳ね上がらなかったと。それに対して自殺が大変もともと多かった地域は、その経済危機の時にバンと跳ね上がり方が大きかったことが既にわかっています」と岡特任准教授は言う。「つまり、全国が同じ経済危機にさらされていても、自殺希少地域ではその危険を緩和する何らかの自殺予防因子が働いたことによって、自殺率の上昇を抑制した可能性が考えられるのです」。

「日本においては経済問題が自殺と非常に大きく関わっていて、諸外国と比べてもその影響がすごく強いんですね。しかし、今後経済が悪化したらまた自殺が急増するというのでは困るので、そこをちゃんと研究していかなくちゃいけないという教訓を残していると思うんです。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が人間社会に甚大な影響を及ぼしていて、今まさにそこを考えなくちゃいけない時期にあります。これから自殺率が跳ね上がるというような事態になったら、そこに地域差はあるのか、その差が生じる要因は何なのかといった分析を、ぜひまたご一緒にやりたいと考えています(岡)」。

「私も同じ考えです。コロナ禍に限らず大災害が起きた後には、一般に、最初の数ヶ月間は自殺者、自殺率は下がる傾向にあります。今回でいうと緊急事態宣言が出て、みんなが非常に不安を持っている4月、5月でさえ、自殺率は前年に比べても低い状況でした。一方で警察庁の発表による速報値では、7月、8月の自殺者数は、去年に比べて増えているんです。これは「いのち支える自殺対策推進センター」とも一緒に進めている分析でわかってきたことなのですが、まず漠然とした不安があって、次にそれが顕在化されて経済面、健康面の不安が来て、その後に「希死念慮」、すなわち自殺をしたいという考えが生まれてくるというのが大きな流れです。この流れをどこかで断ち切っていくことが必要になります(久保田)」。

「そうですよね(岡)」。

「経済的な要因を基に、ひとつには地域の物理的特性、さらに路地といったところまで落とし込んでいく。また私は時系列的に見ていくことにも関心を持っていて、どういうところでどういう人の自殺が増えてくる可能性があるのかを予測し、対策に役立つエビデンスを求めていく必要があると考えています。例えば10万円の交付金支給がアナウンスされた後には、不安が減少するような傾向が見られるだろうか?──といったことを、現在、ツイートの分析を通じて進めているところです。さらに、コロナ禍の状況では例えばワクチンがいつできるか分からないとか、何年後までこの状況が続くのか分からないといった今まで経験したことのない状況があるため、それらがどのような影響を持つかについても見ていかないといけないと考えています(久保田)」。

社会人を経験後、大学院へ進学したという経歴を持つ岡特任准教授。「研究を始めた頃は数学が苦手なこともあって、質的なフィールド調査中心で行くと考えていたんですけれども、すぐにビッグデータが必要だ、それでこそフィールド調査が活きると気づかされました」という。一方、久保田准教授が所属する多摩大学では、3年前にオンサイト施設を設置。久保田准教授はこの運用から高齢者データのプラットフォームづくり、さらにデータサイエンティスト育成プログラムの策定などへ向けて尽力する。「どんな入口からでもいいからデータをちゃんと見ることができて、最終的なゴールに向けて分析し、結果を出していくことが必要で、そういう人材を育てたい」という。

※本インタビューと対談は、オンラインで行われました。
(聞き手:池谷瑠絵 写真:飯島雄二(コラム) 公開日:2020/10/12)

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