Science Report 029

データは誰のもの?05

教材や教育のしくみは今の時代に合っている?

オンラインで読んだり観たりして、自由に学ぶことができる教材や講義ビデオを見かけることが多くなってきた。このような教育用の共有コンテンツは、その公開を支えるしくみと合わせて「OER(Open Educational Resources, オープン教育リソース)」と呼ばれる。また大学レベルの講義をオンラインで無料公開する「MOOCs(Massive Open Online Course)」は2012年に米国で広まり、日本でも一躍注目を集めたことも記憶に新しい。いつでも誰でもアクセスできる、インターネット時代のこのような「学び」は、これからどのように「みんなに」開かれていくのだろうか? 新しい教材・教育へ向けて共同研究・開発も進めているという2人に聞いた。
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堀 真寿美 主任研究員(NPO法人CCC-TIES)

答える人:堀 真寿美 主任研究員(NPO法人CCC-TIES)

ほり・ますみ。特定非営利活動法人サイバー・キャンパス・コンソーシアムTIES(略称:NPO法人CCC-TIES)附置研究所 主任研究員。1991年奈良女子大学 理学部 物理学科、1996年同人間文化研究科(情報科学)修士課程卒。専門は教育工学。米国MOOCsの勃興以前から、帝塚山大学東生駒キャンパス(奈良県)内にあるNPO法人CCC-TIESにて、放送大学との共同研究等を通じて、オンライン教育のシステム開発に取り組む。現在は特に、新しいラーニングシステム「CHiLO(チロ)」の研究開発に注力。

古川雅子 助教(国立情報学研究所)

答える人:古川雅子 助教(国立情報学研究所)

ふるかわ・まさこ。国立情報学研究所 情報社会相関研究系助教。2011年筑波大学研究員を経て、2015年より現職。オープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)にて、学術共通の教育コンテンツ基盤構築を担う。専門は教育工学、日本語教育。特に学習ログの収集・解析を行うラーニングアナリティクス(LA)の研究と、それに伴う教材づくりに情熱を注ぐ。


使いやすいプラットフォームで教育コンテンツを共有する

奈良市にある帝塚山大学の一角で活動するNPO法人CCC-TIESの堀真寿美主任研究員。MOOCs登場の10年以上も前にいち早くeラーニング システムを手がけ、日本でこの分野をリードしてきたひとりである。「人生を豊かにし、成功に導くための、手段のひとつが学び。世界中の人々が誰でも自由にどんどん学んでいける社会をつくっていきたい」というのが原動力だ。「本当に学校は必要なの?」と、堀主任研究員は問う。「たとえば、今まで、学校で先生から様々な知識を教えてもらい、それを身につけることが教育だと考えられてきました。けれども今や、インターネット上に、学校で教えてもらえるすべての知識があり、その気にさえなれば誰でも自由にその知識を得られるようになってきた」という。

現在、電子書籍「CHiLO Book」をコアとした、新しいラーニングシステム「CHiLO(チロ)」の研究開発に取り組む。ひとくちに電子書籍と言っても単一の方式にしか対応していないのではなく、ユーザに合わせて、スマートフォンのアプリや大学が提供するeラーニングの教材などに自動的に切り替わる。さらに先生の側から生徒一人ひとりの学習状況を確認したり、テスト等の成績を管理したりするLMS(Learning Management System)と接続できるのも、教育用電子書籍ならではの特徴だ。

ところで、教材などの学習データを活用してより進んだ、勉強に役立つしくみをつくり出すには、AIをはじめ機械がいかに「読む(情報を取得する)」ことができるかにかかっている。このためには、そもそもデータをどう用意しておくかが重要になる。そのキーのひとつ「マイクロコンテンツ」に、堀氏は注目する。「eラーニングの講義の単位がたとえば90分、30分といった長さだと、学習者はコンテンツをずっと見続けなければいけません。また先生の側で、教材を部分的に変えたいと思ってもなかなか更新しにくい」。そこで、コンテンツをなるべく短く切って用意しておこうというのがマイクロコンテンツの考え方だ。「CHiLO Book」にこのようなデータを積み込んで、「先生が教材を簡単にカスタマイズできるだけでなく、学習者に合わせて電子書籍のページを自動的に組み替えたりするしくみも実現したい」と研究開発に取り組む。

学習者からのフィードバックを学びに活かす

また「CHiLO Book」は、国立情報学研究所(NII)が提供する全国220研究・教育機関をつなぐ統一的な認証システム「学認」を組み込んでおり、すでに各大学の学生がログインするのに利用している。この「学認」をはじめ、大学共通のオープンデータ基盤を整備・運営するNII オープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)で、教育コンテンツを担当するのが、古川雅子助教だ。「NIIはこれまでも大学間の研究のためのネットワークや情報基盤を担ってきました。しかし多くの大学にとって、教育はより重要な課題。その支援を進めていく」という。

具体的には、大学から発信される教育コンテンツを集めたり、公開支援したりすることはもちろん、「死蔵させず、生きたコンテンツにしていくために、学習者が残すログデータ等を収集・分析して、学びを最適化する「ラーニングアナリティクス(LA, learning analytics)」が不可欠」と古川助教は言う。「オンライン学習以前には、学習者が実際にどう学んだか、その実態をデータ化することは容易ではありませんでした。しかしログデータによって、カリキュラムやシラバスという設計に対する実際の学びをフィードバックできるようになったのです」──これが、革命的な変化をもたらした。しかもマイクロコンテンツ化により「教材のどの部分に効率的/非効率的な学習が対応しているかなども細かく把握することができ、テスト結果との相関を見たり、コンテンツの改善につながる」という。

「MOOCsに代表されるように、大量(Massive)の人が一気に集まれば、学習者のニーズや背景は多様なはずです。ところが教材は今のところそういった個別の状況には対応していません。これからはLAを活かして、一人ひとりにフィットした教材を自動生成するといった課題にも取り組んでいかなければなりません」と、古川助教は言う。また、このような課題を通じて、教育が提供者中心の考え方から「学習者中心」へとシフトしているのも、大きな変化だ。

オープンサイエンスの人材を「自動で」育成する?!

「学校が提供する知識は普遍的で体系化され、質が保証されている。一方で、そのように知識を精査し体系化するまでには時間がかかる。技術の進歩が加速する今の時代に対応していくには、そのような知識の精査を待つのではなく、ウェブの情報をAIに学習させて、精査と体系化を一気に行い,それを人々が身につけるようなスピード感が必要だと思います(堀、写真右)」。「大学がゴールではなくその先の社会では様々な基準で評価されるようになってきています。その時代にあわせて各個人の成長に適した教材を提供し、支援していく必要があるのだと思います。(古川、写真左)」。

堀氏は言う。「これまでの勉強は「何にでもなれるような、汎用的な知識を獲得し、その後で将来、何ができるかを考える」だったわけですね。それがCHiLOの仕組みでは、まず一人ひとりが具体的にやりたいことがあり、それを実現するにはどう勉強したらいいか、どういう知識が必要かという順になる。自分で決めた目標へ向かう勉強と、学校が「これが役に立つかも」と勧める勉強では、全然モチベーションが違うと私は思います。それと同時に、人はできるだけラクしたい(笑)──そういった,新しい学びの形を提供できればと思います(堀)」。

「生涯学習につながっていきますよね。大学の伝統的なカリキュラムを学び終えた学習者が、その先で新たに何かを学びたい、身につけたいと思った時に「どうしようか」と。実はウェブ上にはすでにたくさんの教育コンテンツ(OER)がありますから、今必要とされているのは、それらを自分に合った教材として活用でき、効率的に学ぶことができることができる教育基盤だと思うんです。このように大学の中で完結せず、生涯にわたって学習を支援していくことこそ、大学を起点にしたこれからの教育になるのではないでしょうか(古川)」。

「目標に到達するまでに何を学んだか、というデータをたくさん集めて解析することで、自動的に人材育成ができるようなしくみを目指すこともできますね(堀)」。

「そうなんです。たとえば今われわれが取り組んでいるオープンサイエンスの推進にしても、実際にやるのは人なわけです。すると大学は、オープンサイエンスに携わる人を育てなくてはなりません……ところが大学の中にそんなエキスパートはいませんから、むしろ多くの部署がそれぞれに関わりながら実現していくことになるでしょう。われわれはすでに画一的なオープンサイエンス概論の教材を公開しましたが、次はその大きな考え方の下でそれぞれの部署において「自分はどうすればいいのか」という部分を支援していかなければなりません。これにあたって、まさにマイクロコンテンツの特徴を活かして、各部署、各人のニーズに応じた個別の教材が生成されるようなコンテンツを作っていきたいと考えています(古川)」。

これからの取り組みについて「ネット上でみんなが知識をやりとりすることで、経済的にも回っていくようなマイクロコンテンツの流通のしくみを目指したい(堀、写真右)」。一方、「大学で利用できる教育コンテンツを、効果的に使えるような基盤を準備しています。その第一歩として、研究データ管理とセキュリティラーニングの講座を提供していく予定です(古川、写真左)」。

(撮影:帝塚山大学 奈良・東生駒キャンパスにて)
(聞き手:池谷瑠絵 写真:河野俊之、飯島雄二(コラム) 公開日:2020/01/10)

知のつながりを構築し、データの利活用を加速する。

国立情報学研究所にあるオープンサイエンス基盤研究センター(RCOS)が取り組む3つの研究データ基盤のうち、管理、公開に続く3つ目が、検索を担う「CiNii Research」である。現在のCiNiiウェブサイトでは、論文検索のarticle、全国の大学等の図書館の所蔵書籍・雑誌が検索できるbooks、博士論文検索のdissertationsを提供しているが、その次世代にあたる「CiNii Research」は、「横断的に検索できるだけでなく、いろんな切り口で検索できるようにする」と同センターの加藤文彦特任研究員は言う。「ウェブサイトとしては今のCiNiiと変わらないんですけれど、データをいかに統合して持たせるかが違うんです」。

近年、イノベーションにつながるような画期的な研究成果は、分野融合・横断型の研究から生まれてくることがわかってきた。そこで検索機能には、データの発見を促進したり、分野間とつないだりする機能性が求められる。これを実現するために、次世代CiNiiは内部に、データが全部つながっている「知識グラフ」の構造を持つ。

もう一つの特徴は、論文だけでなく研究データに対応することだ。しかも「データを作った人がどれだけ科学の発展に貢献したかを評価できるような指標も示していきたい」という。現在学術論文は、他の論文に引用された「被引用数」が有力な評価指標となっているが、データセットそのものについても引用をカウントするしくみ等を持たせようというわけだ。

管理基盤「GakuNin RDM」で研究室のデータが蓄積され、論文と一緒に研究データが機関リポジトリに登録されてに公開基盤「WEKO」入り、検索基盤「CiNii Research」で縦横に利活用する──そんなオープンサイエンスの時代が、もうすぐやってくる。

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