北極は船の通り道!?
答える人:山内恭名誉教授(国立極地研究所)
2011〜2015年度「急変する北極気候システム及びその全球的な影響の総合的解明」(GRENE北極気候変動研究事業)のプロジェクトマネージャを務めた。手にしているのは、現在編集長を務める、極域科学の国際科学ジャーナル『Polar Science』。略歴はこちら。
ふたつの極地の観測は同時に始まった
極点から66度33分までの高緯度地域を、それぞれ北極圏、南極圏という。これらの地域では地球の他の場所では見られない現象があり、その観測は、特に地球の変化を捉える上で重要な意味を持っている。この認識が世界的に広まった1957〜58年の国際地球観測年を機に、日本の南極・北極観測は、実は同時に開始されている。その翌年の南極条約によって南極大陸が平和的利用に限られ、日本は主に昭和基地を拠点に活動してきた一方で、北極圏はロシア、アメリカなど沿岸8ヶ国の主権が及ぶことから、ことに戦後から米ソ冷戦時代にかけては目立った観測活動が行われてこなかった。
北極は地球の未来が見える場所
ところが近年、北極がにわかに注目を集めているという。「地球温暖化をはじめ、地球全体の変化が極地で顕著に、しかも先取りして現れることは以前から知られていました。しかし温暖化増幅は、北極によりはっきりと現れているんですね。実際、ここ100年間の北極の気温は、全球平均と比べて2倍以上の速さで上昇しています。これを温暖化増幅といいます。」と国立極地研究所の山内恭名誉教授は言う。南極と北極の最も大きな違いは、北極は海、南極は陸であることだ。北極が海氷を浮かべた海であるのに対して、南極は世界5番目の大陸であり、雪が降り積もって作られた2,000〜3,000メートルもの氷床でできている。「海氷は太陽光のほとんどを反射しますが、海氷が減少すると、海が太陽光を吸収するようになり、北極域がさらに暖まる。これをアイスアルベドフィードバックといい、温暖化増幅の基本的な原因と考えられています。」
いま北極に起こっている大きな変化
温暖化増幅をはじめ、地球環境という時間的・空間的スケールの大きな現象を解明するには、機関や国、分野の枠を超えてデータを共有し、研究連携することが不可欠だ。そこで、2011年「GRENE北極気候変動研究事業」という研究プロジェクトが開始され、それまで個別に進められていた日本の北極研究から、国立極地研究所を含む40研究機関・約360人の研究者が参加するオールジャパン体制が作られた。そのリーダーを務めたのが山内教授である。「北極海の海氷も年々減っていますし、気温だけでなく気象も変化しており、先住民の人たちや動植物にも影響を与え始めています。またグリーンランド氷床など陸の氷雪も著しく融けているんですね。白いはずの雪の表面が黒く汚れたように見えるのは、黒っぽい色をしたクリオコナイトという微生物によるもので、この生態系の変化によっていっそう氷雪の融解が進んでいるという新たな事実もわかってきました。」
スエズ運河経由より安全で経済的な航路開発
一方、北極の氷が減ることで、よい側面もある。船が通りやすくなることだ。「日本からヨーロッパへ行く北極海の航路は、スエズ運河を回っていくより大幅に航行距離を短縮できると試算されています。では安全面、採算面で合うのかという精度の高い「予測」が、科学に期待されています。」GRENE北極気候変動研究事業では、2015年夏の海氷分布予測を高い精度で的中させ、これに基づいて具体的な航路選択を支援する最適航路探索手法の提案も行った。航路開発には経済的な背景などから、北極圏に油田を持つロシアをはじめ中国・韓国などの国々も積極的だという。
戦前に日本人が挑戦した北極海航行計画
ところで北極海航路の歴史をひもとくと、日本人の足跡が残されていることは、案外知られていない。「私も比較的最近知ったのですが、武富栄一船長が率いる農商務省水産局の快鳳丸1,093トンが、1937年には現在のロシアにある東シベリア海のコリマ川河口付近まで到達しているんですね。その後1941年には快鳳丸に1年半分の食糧を積み込んで北極を横断し、大西洋を下って南極に至る地球縦断航海の計画もあったんです。」だが、この航海はドイツ軍のソ連侵入という差し迫った戦時情勢により、往路半ばで中断せざるを得なかった。
武富栄一船長の航海について説明する、オホーツク流氷科学センターの高橋修平氏(「極域科学シンポジウム2016」2016年12月2日、国立極地研究所にて)。快鳳丸の第5次北氷洋航海には、気象台から派遣された2名の職員が乗り込んでいた。彼らが航海の様子を記した「白熊日誌」が、後世に残されることとなった。その一人で、のちに網走地方気象台長となった高橋正吾(1916-1995)氏は、講演者の父にあたるという。
日本に暮らす私たちにとって、北極はこれまで、ほとんど知る機会のない場所だったかもしれない。しかし私たちの暮らしに直接関わってくるような地球全体についてのさまざまな変化が、いま北極から発信されていると言っても過言ではない。本サイエンス・リポートでは、これから何回かにわたって北極の科学について報告する。
(聞き手:池谷瑠絵 特記外の写真:飯島雄二 公開日:2016/12/12)