Science Report SPECIAL

気候危機のリスクと社会の大転換。
機構シンポジウムを振り返って

大きなタイムスケールで地球史を眺めると、約10万年のサイクルで地球環境は氷期と間氷期をくり返しているという。現在は温暖な間氷期にあたるとされ、特に気候の安定したこの1万年の間に人は文明を飛躍的に発展させてきた。今後も安定を維持し、豊かに暮らし続けられるかどうかには、私たち人間の活動が深く関わっていると考えられる。2021年に発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)による第6次評価報告書は、その証拠を示すものとなった。——昨年12月に開催した当機構シンポジウム「不確実な未来へ:地球規模課題に挑むデータサイエンス」では、国立環境研究所 江守正多副領域長に「気候危機のリスクと社会の大転換」というタイトルで講演を行っていただき、後日改めてお話しを伺った。

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江守 正多 副領域長(国立環境研究所)

答える人:江守 正多 副領域長(国立環境研究所)

えもり・せいた。国立環境研究所副領域長。1997年に東京大学大学院総合文化研究科にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。2021年より地球システム領域副領域長。

社会対話・協働推進室長(Twitter @taiwa_kankyo)。東京大学総合文化研究科客員教授。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」等


温暖化の原因は人間活動であると断言

講演の冒頭で江守副領域長は、「今回のIPCCの報告書では、地球温暖化の主な原因が人間活動であることに『疑う余地がない』と不確実性を伴わない表現で断言された」ことを紹介した。IPCCは1988年に設立された政府間組織であり、2021年8月現在で195の国と地域が参加している。地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、5~6年ごとに報告書をとりまとめて公表している。第6次の報告にあたる今回は、世界66か国から200人以上の専門家がこの作成に参加した。江守副領域長も執筆に携わった専門家の一人だ。

温暖化の主な原因を「人間活動」と捉えることに対する評価の変遷。「実際の気温上昇も、この間にかなり進みました」と江守副領域長。

世界の平均気温が上昇する地球温暖化は誰の目にも明らかとなってきたが、その原因については過去に数々の議論があったという。「地球の気候はエルニーニョやラニーニャなどによる不規則な寒暖の変化、さらには太陽や火山活動といった自然要因によっても変動を起こします。しかし、産業革命以降の急速な気温の上昇は、過去数千年間にも前例を見ないレベルで進んでいます。それを説明する要因は、温室効果ガスの排出をはじめとする、人間活動としか考えられません」さらに自然変動と人為要因の影響の大きさについては、「自然変動は、言わばノイズのような不規則な変動であり、一方で温暖化の傾向はシグナルと捉えることができます。そのシグナルがノイズに比べて十分に大きくなってきたと認識できます」と話す。IPCC設立以降、気候データの精度やシミュレーションの信頼性も向上してきた。江守副領域長は、「世界平均気温の実際の観測データと、気候変動の人為要因と自然要因を足し合わせたシミュレーションデータは、ほぼ一致する結果を示しており、一方で人為要因を除くと観測データにまったく合いません」と重ねて説明。温暖化という気候変動への対策には、人間活動の在り方の見直しが必要であることを強調する。

観測データとシミュレーションデータの一致。人為要因を考慮した場合のみ、観測された気温上昇を説明できる。

待ったなしのリスクに直面する現代

気候変動への対策が喫緊の課題であることは、近年世界各地で頻繁に認められる異常気象と、その影響を見れば明らかだろう。「熱波や大雨などの極端現象の発生頻度が明らかに高まっています。例えば、産業革命前には50年に一度しか起きなかったレベルの高温日が、近年は約5倍の頻度で観測されるようになりました。日本においても暑さと水害が目立ちます」ここ数年では、2018年の西日本豪雨と台風21号、2019年の台風15号・19号といった勢力の強い台風が、人命に関わる被害を出したことは記憶に新しい。異常気象を身近な危険と感じる場面は確かに急増している。江守副領域長は、「台風の強さの変化を実感します。気温が上昇し、日本近海の海水温が高くなることで、大気中の水蒸気が増え、より発達した台風が接近、上陸することが今以上に増える可能性があります」と説明する。さらに、世界へと視野を広げて見てみるとどうだろうか。IPCCは気候変動がもたらす「8つの主要リスク」を提起している。

もしも南極氷床の不安定化が起きれば、海面上昇は大幅に加速するリスクがあるという。さらに生物多様性の損失など、幅広いリスクが視野に入れられる。

気候変動の影響は地理的条件に左右される上に、防災インフラの整備された先進国では直ちに深刻化しない部分も大きい。しかし、こうしたリスクと私たちの関わりを江守副領域長はこう指摘する。「例えば、干ばつのリスクに直面した乾燥地域や、海面上昇と高潮のリスクが高まる沿岸地域や小島嶼などの開発途上国で、難民が増えることが予測されます。先進国はそれを受け入れることができるのか、同時に問われることになるでしょう」異常気象がもたらすリスクは、地域局在の課題ではなく、国際社会を巻き込む問題へと発展しうるという視点も浮き彫りになるという。さらに、「食料危機や水危機などの影響は、日本ではすぐに感じられるものではないでしょう。しかし、日本人一人一人もたくさんのCO2を排出しており、原因の一部を作っています。それにも関わらず、まず先に影響を受けるのは乾燥地域の開発途上国などであり、ほとんどCO2を出してない国々です。これをどう捉えるのかも考える必要があります」と話す。気候変動の影響は、リスクの及ぶ範囲を焦点に論じられる一方で、Climate Justice(気候正義)という考え方が顕在化しているという。「これまでに排出されてきた温室効果ガスの大半は、先進国の産業活動に由来するものです。それにも関わらず、気候変動によって深刻な被害を受けるのが開発途上国の人びとや将来世代であることを直視し、是正すべきとする考え方です」欧米ではこうした不公平に対し、市民が声を上げ、行動を起こす場面が増えているという。

気候変動対策はどのように行われてきたか

こうした課題に対し、世界はどのように向き合ってきたのだろうか。1997年、世界各国の政府代表者が集まって開催された、国連気候変動枠組み条約の締約国会議(COP3)で、「京都議定書」が採択された。地球温暖化を世界共通の課題と捉え、対策を約束した初めての国際ルールで、温室効果ガスの削減目標が取り決められた。しかしながら、経済的負担を理由として離脱する国があったほか、排出削減義務を持たない新興国の排出量の急増もあって、世界の排出量の増加を抑えることができず、課題を残す結果となった。この京都議定書の後継として、2015年に採択されたのが「パリ協定」だ。「これまで私自身は、地球温暖化は対策しない場合はもちろんのこと、無理な対策もリスクを伴うと悲観的な捉え方をしていました。しかしパリ協定の合意があり、多くの人の意識が変わりました。前向きに温暖化を止めようという新しい常識ができたと考えています」と江守副領域長。この協定では、新たな目標として、世界平均気温の上昇を、産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求することが合意され、そのために、温室効果ガスの排出と植林などの吸収源による除去の均衡(カーボンニュートラル)を、今世紀後半には達成することが掲げられている。

産業革命以降、すでに世界平均気温は約1.1℃の上昇を記録している。この目標は達成可能なのだろうか。「先進国では、2050年までに化石燃料を使わない脱炭素社会を目指すというのが、スタンダードな考えになりつつあります。それに伴い、産業界も脱炭素に向けて舵を切り始めました。さらにこの協定を皮切りに、新たにカーボンニュートラルを宣言する国がどんどん増えています。最近で最もインパクトがあったのは、インドが2070年までに、これを達成すると宣言したことです」と江守副領域長は話す。

IPCCは今後の世界のCO2排出量を5段階で例示し、世界平均気温の変化の見通しを「5つのシナリオ」で示している。「現在のままでいくと、今世紀末に平均気温の上昇が3℃に近づく可能性が高いです。しかしインドのように、開発途上国が脱炭素を掲げることで、2℃未満に抑えるという『排出が低いシナリオ』が達成できる可能性が見えてきました」と江守副領域長は期待をにじませる。その一方で、排出が低いシナリオでも、すでに妥協案にすぎないとも指摘する。「猛暑や水害など、深刻な被害はすでに出ています。本来ならば、現在の1.1℃ですぐにでも温暖化を止めるべきなのです」

変革の時代に生きる私たち、社会の大転換

脱炭素化を加速させ、気候変動を食い止めるために、私たちにできることとは何だろうか。江守副領域長は、「みんなが少しずつ省エネルギーに取り組むだけでは、本質的な温暖化対策にはなりません」と指摘。「化石燃料の利用を早急に低減させ、脱炭素化の実現を目指すことは社会の大転換にあたります。誰もが少しずつ我慢するといった姿勢で実現できるものではありません」では、どのような行動が必要とされるのだろう。「脱炭素化の一手と期待されるものに、再生可能エネルギーの導入があります。導入推進のためには、再生可能エネルギーの利用を応援する。例えば、署名活動があれば参加し、声を上げ続けるといった行動が必要です。そうした多くの人の選択と行動の結果、社会の制度が変わり、脱炭素化社会の基盤が形成されていきます」と、課題解決の本質を見極め、アプローチすることの重要性を指摘する。

主要な電力供給源を変えるということは、既存の発電および送電設備、電力の需給方法、さらには関わる人々の雇用など、多面的な変化を受け入れる必要がある。社会のしくみや制度の変革はたやすく成し遂げられるものではないが、気候変動は待ったなしのスピードで進行している。しかし、このような課題に直面した現代を、江守副領域長はこのように捉える。「これらの課題解決に向けた取り組みは、次世代ばかりか、今後の人類がどのように進んでいくのかという問題に関わるものです。人類の文明の進み方や選択に、興味を持って参加してもらいたいと思っています」さらに、サウジアラビア元石油相アハマド・ザキ・ヤマニ氏の「石器時代が終わったのは、石が無くなったからではない」という言葉を紹介し、こう呼びかける。「人類が化石燃料文明を卒業するのは、それを使い尽くした時ではなく、より良いエネルギーシステムを手に入れた時である。そういう時代がやってくるのをただ待つだけでなく、より多くの人が卒業に向けた行動を起こすことが期待されます」

※本インタビューは、オンラインで行われました。
(聞き手:ノンフィクションライター 西岡真由美 公開日:2022/03/29)

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