Science Report 056

AIは生分解性プラスチックを探索できるか

世界中で廃棄されるプラスチックは地球規模の環境問題となっている。自然界で分解するプラスチック代替素材、さらには再生可能で環境負荷の少ない素材はどのようにして探索、開発されているのか。計算機を用いた新たな高分子材料の開発を進める統計数理研究所 篠田恵子特任助教の講演「AIで石油由来プラスチックに代わる生分解性ポリマーを探索」(大学共同利用機関シンポジウム2024/2024年11月9日)を紹介する。

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篠田 恵子 特任助教(統計数理研究所)

答える人:篠田 恵子 特任助教(統計数理研究所)

しのだ・けいこ。統計数理研究所先端データサイエンス研究系 マテリアルズインフォマティクス研究推進センター特任助教。東京大学 生物生産工学研究センター、同大学院農学生命科学研究科、同先端科学技術研究センターを経て、2024年より現職。専門は生物物理、分子シミュレーション。


プラスチックの現状と抱える課題

昨今メディアで大きく取り上げられる地球規模課題の一つに、海洋プラスチックゴミ問題がある。自然界へと廃棄されたプラスチック製品の中には、風に飛ばされ川を下りそして海へと流れ着くものも少なくない。ある調査によれば、1年間に海へと流れゆく廃プラスチックの量は世界全体で800万トン、日本からも数万トンにおよぶという推定がなされている。「移動する過程で細かく砕かれていくプラスチックはやがて、“マイクロプラスチック”と呼ばれる小さな欠片となります。定義上は5mm四方よりも小さなプラスチック片をさす言葉ですが、実際にはさらに小さなμm(1mmの千分の1)以下のスケールの欠片にもなって、海の生態系を脅かす大問題になっています」と篠田さんは話す。

日本では、プラスチックといえば再利用される資源としてのイメージも強いが、現状はどうなのだろう。日本の2022年における廃プラスチック総排出量は823万トン、そのうち有効利用された廃プラスチックは717万トンと実に87%の有効利用率を誇る。この統計値が年々向上していることから、国内の企業や国民の努力が見て取れる。しかし一方で“リサイクル”率が向上すれば環境負荷を低減させられるのかといえば、そうではない。プラスチックのリサイクルは、大きく3つの種類に分類される。私たちがリサイクルと聞いてイメージするような、廃プラスチックをそのままプラスチック原料として別の製品へ再生させるリサイクル法は「マテリアルリサイクル」と呼ばれる手法だ。それに加えて、廃プラスチックを化学的に分解した上で、別の化学原料として利用するものを「ケミカルリサイクル」、廃プラスチックを燃料として焼却した熱を回収して利用するものを「サーマルリサイクル」と呼んでいる。

この中で「サーマルリサイクル」に注目すると、焼却時の熱を利用している。つまり二酸化炭素の排出を伴っているのだ。有効利用率のうちサーマルリサイクルが多くを占めている状況では、地球環境対策としては不十分な面があるということは否めない。この現状を打開するべく発足したのが、金沢大学を代表機関とする「再生可能多糖類植物由来プラスチックによる資源循環社会共創拠点」だ。

救世主は“植物由来のプラスチック”?

国の産学連携プログラムであるCOI-NEXT(共創の場形成支援プログラム)の1つとして2021年に発足したこの拠点では、地球規模の課題である海洋プラスチックゴミとCO2排出量の削減に向けた植物由来プラスチックの開発とそれを用いた循環型社会実現を目指している。前述した海洋プラスチックゴミと二酸化炭素排出という2つの地球規模課題は、どちらも自然界で分解処理できない石油由来プラスチックの特徴が原因である。そこで代替品となる生分解性プラスチックの開発による課題解決を目指すべく、プロジェクトとして着目したのが植物由来の再生可能多糖類、中でも「セルロース誘導体」だ。セルロースは、β-グルコース分子が鎖のように長く連なる構造をしている天然の高分子であり、植物細胞の細胞壁や植物繊維の主成分としてよく知られている。このセルロースを化学処理することで、構造の中にある水酸基(OH基)を別の置換基に置き換えて作り出すものが、セルロース誘導体である。

拠点で設定されている7つの課題の中で、篠田特任助教が関わるのは「高分子インフォマティクス・機械学習」だ。リーダーである統計数理研究所の林慶浩助教を軸として、機械学習を用いた「高分子インフォマティクス」による新素材の分子設計を目標としている。「高分子インフォマティクス」とは、ある計算によって得られたデータを用いて、連鎖的に別の計算を行う“データ駆動型”のアプローチを用いて高分子材料の特性や挙動を解析・予測する学問領域であり、またそのための具体的な手法を指す。機械学習を用いて望みどおりの特性を持つセルロース誘導体を精度良く設計するためのモデルを構築するには、元となる大量で多様な物性データが必要となる。高分子材料特性データベースとしては、物質・材料研究機構が持つ「PoLyinfo」がある。「『PoLyinfo』は世界的に見てもユニークな実験値の高分子データベースなのですが、セルロース誘導体の実験データは数にして43しかありません。実験データがないのであれば、シミュレーションを用いてデータを作ることが必要になります。ということで、私たちの研究目標はシミュレーション(分子動力学シミュレーション)と機械学習を融合した手法により、セルロース誘導体の設計を可能にする“分子設計アルゴリズムの開発“となっています」(篠田さん)。

シミュレーション × 機械学習

シミュレーションには、グループのリーダーである林助教が作成した全自動分子動力学シミュレーションシステム「RadonPy」が用いられた。「分子シミュレーションを開始するときの一番のネックは『力場』と呼ばれるとても大切なパラメータのセッティングの難しさです。20年以上分子シミュレーションの研究をしてきた私でも、全自動計算はちょっと考えられませんでした。しかし彼はフリーのソフトウェアだけを使って、一気に全自動で計算するシステムを作り上げました」と篠田さんは話す。このシステムを用いると、密度や屈折率、慣性半径(高分子の丸まり具合)、熱伝導度、ガラス転移温度などの最終的に30を超えるような物性を計算することができる。スーパーコンピューター「富岳」を用いることで現在のところ最初の目標とする計算量の5分の4はすでに終えているという。

計算結果から導き出された仮想セルロースの物性分布をセルロース以外の高分子に対して同様に計算した結果と比較してみると、多くの物性においてセルロースが他の高分子同様の広い分布幅を持つことがわかってきた。「またセルロース誘導体の特徴でもある水酸基の置換に関しても、置換の割合によって物性の分布が変わることがわかりました。これは置換度を変えることで、より狙いに近い物性の材料が見つけられる可能性があるということを示しています」(篠田さん)。

シミュレーションで生み出される物性データは、次に機械学習のプロセスへと活かされる。さまざまな機械学習の手法の中でも、ここで用いるのは「転移学習」と呼ばれるものだ。転移学習は、他の分野や状況で作られたモデルやデータを異なる分野、状況にうまく使うための方法として用いられる。ここでは、前段で行われたシミュレーション結果の誤差を補正する手段として転移学習を用いる。

実際に仮想高分子のシミュレーション結果と転移学習させた結果を比べてみると、転移学習を行った方が実験によって得られた値をうまく再現していることがわかる。「ただ高精度なモデルを作るためには、それに加えて何らかの工夫が必要であると私達は考えています。先行研究として、ポリエステルの生分解性に関する実験データがあるので、これをセルロース誘導体の転移学習に活用するとともに、シミュレーションデータから適切な特徴量を見つけようと頑張っています」(篠田さん)。

課題の先に見据える未来

試行錯誤を繰り返しながら歩みを進める篠田さんだが、新たに注目しているのは微生物による分解機構だという。「微生物による分解の仕組みに注目し、それを促進するためにはどうしたらいいかを探るようなものです」。生分解性ポリマーの分解機構は、まず微生物が分泌する酵素がポリマーを構成する結合部分を切断することで細かなモノマー状態に変化させることから始まり、それを微生物が食べて消化、代謝することで二酸化炭素や水に分解されるというものだ。水や酵素と高分子の相互作用などといった分解のメカニズムに注目することで、有効な特徴量を見つけられるのではないかと考えている。

今後は、引き続きシミュレーションシステムを用いたセルロース誘導体の物性データベース構築や転移学習のための有効な特徴量開発に加えて、計算結果を活用したセルロース誘導体開発も視野に入れる。「実際に実験グループとも組んでいますので、開発を加速化することも展望としてあります。そして、設計した生分解性ポリマーを実験で評価し、フィードバックしていくことでいろいろな方が必要とする生分解性ポリマーを設計し、世の中に出していきたいと思っています」。篠田さんの目は、まだ見ぬ新たな素材が活用される社会を見据えている。

(文:科学コミュニケーター 本田隆行 公開日:2025/3/25)

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