Science Report 049

北極観測の今とこれから、
大気・海氷・海水が連環する気象現象を追う

気候変動が疑いの余地なく進行している現在、気象の変化を全地球的な規模で捉える必要性が高まっている。極域で生じる現象を理解することも、例外ではない。海氷に覆われた特異な環境下で、技術を駆使して行われる研究活動とは。立川市女性総合センターにて開催された、極地研サイエンスカフェ「日本の観測船による北極海上での気象観測」(極域科学シリーズ2023年度 第2回/2023年11月22日)について紹介する。

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佐藤 和敏 助教(国立極地研究所)

答える人:佐藤 和敏 助教(国立極地研究所)

さとう・かずとし。国立極地研究所 共同研究推進系 助教。2015年、総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻にて博士号(理学)取得。極域の大気現象に関する観測的研究を専門とし、国立極地研究所 特任研究員、オーストラリアタスマニア大学 海外特別研究員、北見工業大学 助教を経て、2023年6月より現職。


北極海の変動と観測船での気象観測

極域観測と言えば、南極観測隊や昭和基地、南極観測船「しらせ」の存在が有名である一方で、対極に位置する北極観測については、あまり知られていない。「北極海観測の意義や日本との関わりについて、今後はもっと力を入れて伝えていく必要があります」と話すのは、国立極地研究所の佐藤和敏助教だ。2023年は、3月までを南極で、8月から10月には北極での観測に参加し、一年の半分を極域で過ごしてきた。南極へは2回、北極へは11回の観測歴を持ち、極域観測の豊富な経験を有する研究者の一人だ。

「実は北極にも日本の基地や観測船があり、1998年以降、観測隊がほぼ毎年観測に出航しています。今日はあまり知られていない北極航海を行う海洋地球研究船『みらい』が、北極に行って何をしているのか、どのような観測を行っているのかをご紹介したいと思います」と、佐藤さんは話題を切り出した。

国立極地研究所、立川市教育委員会、たちかわ市民交流大学市民推進委員会との協働企画公開講座として、平成23年度より継続して講座を開催。講座の企画運営は市民ボランティアのたちかわ市民交流大学市民推進委員会によるもの。

佐藤さんの専門は、極域の気象で、気温や風、雲の変動、雨や雪をもたらす低気圧などの観測データを元に研究を行っている。北極では、2000年代に入り海氷の減少が著しく、気候変動による影響の一つとして、注目されて久しい。同時に、海氷の減少は上空の大気構造をも変動させる。海氷と気象の両者に現れる現象を、佐藤さんは現地に赴き追い続けている。

季節変動する北極の海氷面積
北極の海氷面積は、季節変動を示す。毎年秋頃から結氷が始まり、気温の変化とは少し遅れた春頃に最大となる。海氷の減少は、秋口の面積を比較して論じられることが多い。

佐藤さんはまず、海氷が減少するメカニズムについて、「地球温暖化と言うと、気温が高くなることで、氷が解かされるイメージがありますが、実はそれよりも一層効率よく氷が解けるメカニズムがあります。通常氷で覆われている場所は、太陽光を反射し、その下の海水を温めることはありません。ですが、海氷が解けて海面が露出した場所では、太陽光は反射されず海水を温め、氷の減少をさらに加速させることが分かっています。主に、このメカニズムによって、海氷の減少が起こっているのが北極です」と説明。海氷が解けてなくなることで、海から熱や水蒸気の放出が増加し、さらに気温が上昇するという悪循環が生じると話す。

「私たちは、実際に海氷が解けて減少している領域で、何が起こっているのかを調べています。『みらい』は、耐氷船と呼ばれる船で、砕氷船であるしらせのように、氷をガリガリと砕いて進むことはできません。これは弱みであり強みでもあります。砕氷船を所持している国は、観測の多くを海氷上で実施するのに対し、『みらい』は温暖化の影響を受けて、海氷が減少した場所で、上空の大気で起きていることを調べることが可能であり、温暖化の影響を理解する上でとても有力な船なのです」と佐藤さん。

海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」
海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」とその航路。アリューシャン列島(米)のダッチハーバーに寄港し、機材を積み込んだ上で北極海に入る。佐藤さんは、「ダッチハーバーなど、普段は行くことが困難な場所や、研究者などの関係者しか入ることのできない北極観測拠点のニーオルスン基地などに入ることができるのも楽しみの一つです」と笑顔で語る。
「みらい」に搭載された気象観測器
「みらい」に搭載された数々の気象観測器

加えて、「雲の底までの高度を観測するシーロメーター、雨や雪を観測するドップラーレーダー他、ヘリウムを充填したバルーンにセンサーなどの観測器を設置して、上空へ放出するラジオゾンデ観測を行うための機器などを搭載しています。このラジオゾンデ観測では、およそ高度20キロメートル、高い時には30キロメートルまでの気温や湿度、風速などのデータが取得できます」と、「みらい」に搭載された数々のユニークな装置が、極域での観測活動を支えていることを紹介する。

北極の船舶観測でわかってきたこと

このように、極域に足を運び、直接観測を行うことは、理論上起こるとされてきた様々な現象を実証する上で欠かせない。佐藤さんは、海氷面積の減少により生じる数々の興味深い現象を、実際に現地で観測してきた。

「まずは目で見て分かる変化ですが、海氷があるときに発生していた雲と、海氷が減少することで発生しやすい雲の違いが明らかになってきました。海面を氷が覆った場所では、海水の熱が大気中に逃げられず、空気の状態が安定しているため、上空には霧のような雲が発生します。一方で、海氷の減った場所では、上空の空気が海水の熱で温められて対流し、強い雨や雪を降らせる積雲が発生します。近年、後者の雲の発生頻度が増加していると言われていますが、それを実際に観測することができました」と佐藤さん。

初秋の海氷減少で雲の特徴が変換
雲が変化する理由
雲が変化するとどうなる?
海氷の減少で、海洋から大気中へ熱と水蒸気の放出が増加し、大気の対流と混合が活発になることで、積雲などの対流性の雲が多くなる。また、対流性の雲が発生した場所では、海面へ到達する太陽光や雲の長波放射が増加し、さらに水温上昇をきたす原因になる(雲アルベドフィードバック)と予測されている。

こうして発生した積雲が降らせる雪は、さらなる悪循環も生み出しているという。「海氷は、成長して厚くなる過程で多くの熱を放出します。そこへ雪が降り積もると、熱の放出が妨げられるため、氷は成長することができません。氷が薄いまま夏を迎えると、早期に融解、海面が露出し、積雲を発生させるということが、繰り返し起こってしまいます。そのような場所は、以前のように海氷のある状態には戻りづらくなってしまいます」と佐藤さんは話し、これらの現象が、温暖化により氷がどのように減っているのか、「雲」に着目して得られた観測事実であることを強調する。

雲が変化するとどうなる?その3
海氷は大気へ熱を放出して冷却されながら成長する

また、「雲が水の粒子でできた水雲か、氷の粒子でできた氷雲なのかを調査することも、非常に重要です」と続け、日本で開発された観測装置である雲粒子ゾンデを用いた観測にも力を入れているという。氷雲は、水雲に比べて太陽光を通しやすいため、海面をさらに温める要因になるからだ。さらに、この氷雲が形成されるメカニズムの一端も、佐藤さんらにより、解明されつつある。

「海氷が減少した場所では、強い風が吹くたびに波が高くなり、波しぶきとともに大気中に巻き上げられた物質が核となって、氷雲の形成に寄与する可能性も見えてきました。海水中の微生物がその役割を果たしているという可能性は示唆されてきましたが、今回の南極観測で、それを立証することができました。北極においても、大気に浮遊する物質と、氷雲形成の関わりを調べていこうとしているところです」と佐藤さん。近年頻発する大陸の山火事によって飛散し、遠く運ばれた煤などの影響についても、今後調べを進めると意気込みを語る。

北極海を鍵に、天気予報や将来予測の精度の向上を目指す

日本から遠く離れた北極の今とこれからを知ることは、私たちの暮らしと、どのような接点を持っているのだろうか。「現場に足を運び、誰も見たことのない現象を捉えられることが楽しい」と語る佐藤さんには、気象予報、ひいては、数十年から百年単位の気候変動の予測を、正確に行うことへ貢献したいという志がある。

北極海の海氷上でラジオゾンデを放球する佐藤さん

「天気予報は、地球上のさまざまな地点の観測データを集めて作られており、北極の観測データも必要です。ですが北極に関しては、世界的に観測データの非常に少ない領域なのです」と佐藤さん。「データが少なければ、気象予報の精度も低くなってしまいます。北極で発生した高気圧や低気圧などの情報を、北極圏に住む人に正確に伝えることも大切です。それに加えて私たちの調査では、北極のデータがアメリカのハリケーンや、日本の台風の進路予測等にも影響する可能性が見えてきました。さらに近年では、温暖化が原因とされる偏西風の蛇行によって、北極と日本やアメリカの大気が行き来していることも指摘されています」と続ける。温暖化のプロセスを解明することは元より、温暖化がもたらす影響を考慮しながら、日々必要とされる気象予報の精度を向上させるためには、北極の観測データが、今後ますます重要になることを力強く語る。

北極は将来どうなるか
IPCC第6次評価報告書では、2100年までの温室効果ガス濃度の変化と、それに伴う気温上昇について、複数のシナリオが計算されている。いずれのシナリオにおいても、北極の気温上昇が最も顕著になることが予測されている。

また、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、2021年に第6次評価報告書を公表し、世界平均気温の変化の見通しを示すとともに、気温上昇に伴う様々なリスクを提起している。極域における氷床の不安定化は、リスクの一つである海面上昇を、さらに加速させる恐れがあるとされている。「現在の気象予報や気候変動の将来予測モデルでは、極域の上空にある雲が、水雲か氷雲かの違いが正確に再現できていないことがあります。私は、このわずかな違いが、十年後、百年後の将来予測に対し、相当な誤差となって影響を与えると考えています。現在の気象予報、ひいては将来予測を改善していくということを目指して、目下取り組んでいます」と語る佐藤さんは、今後もできる限り現場となる極域に足を運び、直接観測することを通して、研究を続けていきたいと意欲をにじませる。

極域に挑む仲間を増やしたい

最後に佐藤さんは、極域との出会いのエピソードと、自身の現在をこのように振り返る。

学生時代から、気象学に関心があったという佐藤さんは、気象予報士となり活躍することを夢見て学んでいた。そんな佐藤さんに、初めて北極観測隊への誘いの声がかかったことは、全くの偶然だったという。「寒い地域へ関心もあったので、何はともあれ行ってみようと決めました。そして観測隊に参加後、様々な論文を読み進める中で、北極では盛んに雲の研究が行われていることを知りました。多くの研究者が取り組んでいる雲に関わる研究を、自分も何か新しい視点でやってみたいと考えるようになっていったのです。最初のお声がけは、かなりラッキーなことで、もしもあの経験がなければ、今ここにこうしていることはなかったと思います」

その後、多様な研究者と活動を共にする中で、縁遠いと感じていた研究者へのイメージにも変化が生まれた。「研究者は大変なイメージが先行し、ハードルを感じていましたが、陽気に研究活動を行っている人が多く、これなら自分にもできるかもしれないと感じたことが、転機となりました」という佐藤さんは、今後、極域に足を運ぶ仲間を増やしていきたいと続ける。「極域観測に参加する人材は不足しています。目的をしっかりと持ち、ぜひ行きたいという強い気持ちがある人には、声を大きくして、その希望を私たちに伝えてもらえたらと思っています」と佐藤さん。

2026年完成予定の日本初の砕氷船
2026年完成予定の日本初の砕氷船

講演は極域、特に北極圏の観測活動が、今後さらに白熱していくという期待の言葉で締めくくられた。「現在、日本初となる砕氷機能を有する北極域研究船の建設が進んでいます。この船ができると、海氷のある領域に入っていくことができます。今後10年、20年後には、今ある氷が段々と解けてなくなっていくことが予測されます。同じ地点で、氷の変化を追いながら、毎年データの取得ができれば、数十年の変動を見ることができて、面白いと期待しているところです」と話す佐藤さん。とりわけ、新たに取り入れられたドローンと、多様な観測機器を組み合わせることで、有用なデータを効率よく取得する等の構想に期待を抱いていると話す。

「気候変動が顕著に表れる現在、人の暮らしに役立つ気象予報や将来予測を行うには、ますます必要なデータや観測情報が増えることになり、研究にゴールはありません」と語る佐藤さんは、今後も極域へ挑み続ける。

(聞き手:ノンフィクションライター 西岡真由美 写真:本部広報室 樋口 徹 公開日:2024/2/7)

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