日英が協力して、日本人の生活時間を解析する。
サイエンスリポート031で紹介した「オンサイト施設」は、東京・小平市にある一橋大学小平国際キャンパスにもあり、ここでもデータを利用したさまざまな研究が進められている。中でも一橋大学経済研究所の共同利用共同研究拠点プロジェクトによる英国オックスフォード大学との共同研究では、年2回、英国から研究者が訪れ、日本におけるジェンダーギャップや子供たちの生活時間に関する研究が進められている。残念ながら今年はコロナ禍により来日が実現できていないとのことだが、海を越えて、データ利用に関わるサポートや共同研究が続けられているという。
答える人:白川清美 研究員(一橋大学経済研究所)
しらかわ・きよみ。一橋大学経済研究所准教授を経て、現職。青山学院大学経済学部卒、芝浦工業大学大学院 博士課程修了。世界各国の統計局と連携して社会調査データの保全、統合、比較、平等な利活用の促進などに尽力。また共同研究により、公的統計ミクロデータ(個票データ)の二次的利用を促進する秘密分散・秘密計算技術にも取り組む。
答える人:エカテリーナ・ハートグ研究員(オックスフォード大学)
Ekaterina Hertog。オクスフォード大学社会学科研究員、Doctor of Philosophy in Sociology。専門は家族社会学、社会政策。 現代東アジア、特に日本の家内分業におけるジェンダーバランスに焦点を当てた研究を推進する。また一橋大学経済研究所と、日本における世帯収入、親の教育、子供の日常生活の間の関連を探る共同研究が進行中。
海外の研究者が日本のデータを使えるようにする
一橋大学小平国際キャンパスにあるオンサイト施設は、徒歩1分の距離にゲストハウスが設けられ、時差を気にせず24時間利用できるなど、海外から訪れる研究者にも利便性の高い施設となっている。およそ2週間の滞在期間に加え、その前後に利用手続きやデータ持出申請などさまざまなサポートが必要だ。
一橋大学経済研究所の白川清美研究員は、公的統計のデータの作成・提供・利用の研究に取り組むかたわら、オンサイト施設を利用する海外からの研究者の支援や共同研究にも尽力する。「実際に使う人の立場になってどのようにデータを使うか」は主要な研究テーマのひとつだ。オンサイト施設のデータを守る秘密分散・秘密計算と呼ばれる技術の研究開発を行う一方、「持ち出し不可であるデータを見られない状態でモデル式を作ったり、計算結果を求めたりするためにどうしたらいいか」などを研究しているという。
オックスフォード大学と一橋大学の共同研究
東アジアの家事や子供の教育について研究するオックスフォード大学社会学部との共同研究が始まったのは、約3年前にさかのぼる。共同研究者の1人で家族社会学などを専門とするエカテリーナ・ハートグ研究員は、日本の社会生活基本調査のデータを使って、東アジア、中でも日本の家内分業におけるジェンダーバランスや、世帯収入や両親の教育と子供の日常生活の間の関連について研究を進める。
「1991年から2016年までの25年間の社会生活基本調査の調査票情報を使って、日本の子供たちの生活時間のデータ分析をしています。子供の時間を学校の勉強時間、学校以外の時間、睡眠、暇な時間の4種類に分類し、時間の使い方を分析したところ、まず睡眠時間と学校の勉強時間が長く、次に余暇時間となりました。残りは学校以外の勉強の時間で、平均で約90分程度です」。
ハートグ研究員はさらなる解析により、この学校以外の勉強の時間が、子供が属する家族によって異なることをつきとめた。「子供が属する世帯の所得が大きくなると、学校以外の勉強時間が長くなってしまいます。また親の最終学歴との関連で子供の時間の使い方を分析すると、両親の学歴が高い家族の子供は学校以外の勉強時間が長くなり、余暇時間が短くなってしまうことを見つけました」。
生活時間データからジェンダーギャップを明らかにする
一方、同じデータを使った共同研究でも、白川研究員は家庭内の家事・育児などのジェンダーギャップに注目する。「6歳未満の子供を持つ夫婦がどのような時間の使い方をしているか、その無償労働時間に関心を持っています」と、白川研究員は言う。「ポイントは平日と休日の違いで、男性が会社へ行って仕事をして遅く帰ってくると想定される平日と、そうでないはずの休日とでどのような違いがあるかを見てみると、実は休日についても夫婦の就労差は変わらないんです。特に食事の用意については休日であってもまったく変化がなく、夫はもともとやらないということになります。逆に育児には平日の2倍の時間を割いているといったことなどがわかってきています」。
また、女性の労働問題では「M字カーブ」と呼ばれる現象が知られている。高校や大学卒業後の女性の就職率は高いが、結婚・出産の期間に仕事を辞め、30、40代で復帰するという変遷を示すものだ。「現在はM字の凹みが浅くなってきているのですが、依然として、管理職へつながらない要因にはなっていると考えられます。日本の女性の就労率や管理職率の低さが海外から指摘されていますが、そのような原因をさぐることによって、日本の女性の就業労働がどのようになっているかを明らかにしています」と白川研究員は言う。「またウィズ・コロナの時代になって、在宅ワークが推奨され、夫婦が共存できるような環境づくりが大切であることをつくづく感じます。ネットワークや人工知能なども含むデジタルトランスフォーメーションは、女性の地位向上のひとつの鍵になるのではと期待しています」。
日本のデータは歴史があって「質が高い」
近年、欧米に続き日本でも、エビデンスに基づく政策立案(EBPM)への関心が高まっているが、社会データの場合、自説に都合のいい結果が出たらそれを使いたいという流れになる可能性もある。「それがどういうデータなのか、本質を押さえて使わなくてはなりません」と白川研究員は言う。「また国際的な連携を通じて、各国のデータと比較できるようにしたり、同じ課題に携わる海外の研究者とどう改善していけばいいかを議論したりすることも重要です」。
「日本のデータを使ってみていかがですか?(白川)」。
「一橋大学のオンサイト施設は便利で、研究を進める上でとても感謝しています。日本のデータはサンプル数が多く、また歴史が長くトレンドやパターンを見ることができるデータが1991年からあるといった点でも、とても質が高いです。そのうえ回答率が9割を越える高さであることも日本のデータの特徴で、他の国々ではまずあり得ません(ハートグ)」。
「ありがとうございます。ところで社会生活基本調査は5年に1度行われるのですが、秋の連続した2日において行うため、週末と平日の違いの比較ができないのが難点だと私は考えています(白川)」。
「社会生活基本調査が10月頃に限定してデータが集められているのは、確かに不便ですね。イギリスには2014〜15年に18か月間にわたって集められたデータがあります。これだと春と冬の時間の使い方の比較ができるし、冬になると寝る時間が長くなる(笑)といったこともわかります(ハートグ)」。
「2020年1月にオンサイト施設のコンピュータを入れ替えたので、次回はより高速にお使いいただけると思います(白川)」。
「コロナが収束し次第、ぜひまた訪問したいです。どうぞよろしくお願いします(ハートグ)」。
※本インタビューと対談は、オンラインで行われました。
(聞き手:池谷瑠絵 写真:飯島雄二 公開日:2020/11/10)