Science Report 025

データは誰のもの?01

進め!みんなの「オープンサイエンス」

「オープンサイエンス」とは、インターネットの普及を背景に世界的に推進されている、研究データや論文などの公開によって科学をより身近にする新しい動きだ。科学者が生みだす高度な知的資産を収集・利活用できるオープンサイエンス基盤を整備することで、研究の進展を加速させるだけでなく、産業界のイノベーションにもつなげることができる。日本でもたとえば海洋・気象データ、物質・材料の実験データ、ゲノム情報などのデータ資産を、それぞれ漁業、もの作り、創薬に活かすといった応用展開がすでに進んでいるほか、一般市民が研究に参加する「シチズンサイエンス」もオープンサイエンスの一部だ。大学や研究機関の内部にとどまらず、社会の中に多様な接点を持ち、新しい可能性を開く「オープンサイエンス」についてお伝えしよう。
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山地一禎 教授(国立情報学研究所)

答える人:山地一禎 教授(国立情報学研究所)

やまじ・かずつな。国立情報学研究所コンテンツ科学研究系 教授、同オープンサイエンス基盤研究センター(RCOS) センター長。博士(工学)(豊橋技術科学大学)。和歌山県立医科大学、理化学研究所脳科学総合研究センター等を経て、2007年国立情報学研究所准教授、2017年より現職。学術認証フェデレーション、機関リポジトリ等、学術情報基盤に関わる事業に携わる。専門はメディア情報学・データベース。2017年、オンライン講座「gacco」にて「オープンサイエンス時代の研究データ管理」を開講。2018年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞」受賞。

赤池伸一 上席フェロー(科学技術・学術政策研究所)

答える人:赤池伸一 上席フェロー(科学技術・学術政策研究所)

あかいけ・しんいち。文部科学省 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)上席フェロー、内閣府参事官(科学技術・イノベーション担当)併任。1990年東京大学農学部卒。1992年同大学院総合文化研究科修士課程修了、科学技術庁入庁。2000年イギリス・サセックス大学修士課程修了、2002年在スウェーデン大使館一等書記官。2008年東京工業大学大学院博士課程修了。学術博士。専門は科学技術イノベーション政策、科学技術外交。2009年科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター副センター長補佐、2011年一橋大学イノベーション研究センター教授等を経て、2018年より現職。『STI Horizon』編集長。


公開と共有が生み出す新しいサイエンスのかたち

国立情報学研究所(NII)で、日本の学術基盤システムの構築と運用を担う山地一禎教授は、着任して間もない2008年、研究機関や図書館などが文献を公開可能なかたちで保存するしくみ「オープンリポジトリ」の国際会議に出席してショックを受けたという。「文献を集めるイメージで参加したのですが、世界はすでにデータに注目していました」と山地教授は言う。「データは、論文の元になる研究の成果そのもの。これをどうやってシェアし、どうしたらみんなにより使ってもらえるか? 参加者みんなが、そのためにインターネット上に面白い科学のサイバー空間をどう作るかという議論をしていたんです」。ちょうど「Web 2.0」や「Science 2.0」がうたわれた時期だった。「科学者の中のハッカーみたいな人たちが、オープンサイエンスへ向けて進んでいこうとしている」そんな光景を目の当たりにした。

もともと科学が生み出されているのは、ラボでの実験のちょっとした工夫のような、日々のノウハウの積み重ねだという思いが、山地教授にはあった。実験室は、主に若手が活躍する研究の現場でもある。「ブログが注目され、インターネットで発信しようという人が登場してきて、研究者の中にも何かやりたいと思う若い人は、たぶんたくさんいたはず」と山地教授は振り返る。「データだけでなくラボノート、動画、ソフトウェアなど、研究の最終形としての論文以外の素材やツールをどんどん公開し、共有できれば、無駄も省けるし、研究が進むはず。そんなボトムアップなアプローチでオープン化に取り組んできた」という。

まずは論文を対象として2012年、大学などの機関ごとに収集・公開する機関リポジトリ基盤「JAIRO Cloud(ジャイロ・クラウド)」サービスを開始した。続いて目指すのはデータ共有だが、データを他の人が使える状態にするには、それを解釈するためのメタデータと呼ばれる各種情報を追加しなければならない。「ところが論文と違って、研究が終わってから追加するのは無理なんです。研究のプロセス全体で取り組まなければ実現しない。つまりデータ公開は、研究者にとって余計な時間とコストがかかるんです。でも公的資金で挙げた成果は納税者に還元すべきという観点からも、研究者の責務としてみんなが守っていくべきだし、また研究の一環として、データ共有に関するリテラシーを若いうちから身につけていくことは、研究力向上につながるはず」と山地教授は言う。「そこでわれわれは、学術基盤の中にデータ公開を前提とした研究ワークフローを支える環境を順次整備しているところです」。

日本の知的資産をどうイノベーションにつなげていくか

オープンサイエンスによって国内の研究やイノベーションがどれだけ発展するかは、ボトムアップな努力だけでなく国としての制度設計も大きく関わってくる。行政の立場からこの課題に取り組む赤池伸一氏に聞いた。

「私はこれまで文部科学省で科学技術政策の研究を行ってきました。現在、本務としての文部科学省NISTEP科学技術予測センター長の立場からオープンサイエンスに取り組む一方、併任の内閣府参事官として第5期の科学技術基本計画の「Society 5.0」を推進しています。Society 5.0では、データ駆動による仮想空間とリアル空間を融合させたシステムを、この世の中にどう実装していくかというのが課題です。その中で、知の源泉としての研究コミュニティの成果物を具体的にどう活かしていくかというのが、近年の非常に大きな課題になっているわけです」

「その際、オープンサイエンスというテーマが非常に重要で、オープンにすることによってやはり知の結合が起こり、それによって新しい科学が生まれ、その科学的成果が社会におけるいろいろな知と結び付いてイノベーションが起こる……こういったプロセスが非常に大事なのですね。オープンサイエンスという大きな理想の下に日本として当然オープンにできるものと、クローズドにすべきものがある。たとえば国防情報の詳細をインターネットには載せないですよね? このような「オープン・アンド・クローズ戦略」を含めた現実の制度設計とオープンサイエンスという理想は、決して矛盾するわけではありません。おそらく本質は、世界に対する知的貢献の中で日本がどの位置を取れるかだろうと考えています」。

「グローバルネットワークの中で日本はこれまで結構な存在感があった」と赤池氏は言う。「しかし中国の台頭する中で、その存在感は相対的に薄くなっています。ビジネスでも学術でも、日本が今、世界の中でいったいどの位置に立つことができるのか? データを活かせるかどうかは、日本としては最後の砦とも言えるのではないでしょうか」。

大学改革の切り札としてのオープンサイエンス

では、オープンサイエンスという切り札で、日本の研究力を具体的にどう強化できるのだろうか? 「役割分担はある」と赤池氏は言う。「新しい科学技術を生み出すための研究データ管理の手法を学術主導で開発していただき、それに政策が合ってくると効果的です。政策としては、研究分野の中でも世界的な競争が起こっているボリュームゾーンの研究課題を狙うとか、日本の強みを発揮できるような分野に投資するといった作戦が考えられます。1足す1が2ではなくて、3や4になって、それをまた産業界で再利用できるといったメリットが見えてくると、みんなやる気を出してくれるのではないかと思いますね(赤池)」。

「われわれは研究データ管理・公開・検索のプラットフォームを提供して、マッチングで融合研究の新しい組み合わせを探索するとか、AIで新しい研究領域を導くといったように、国家や機関がそれぞれにデータ駆動型の作戦を試せる広場としてのオープンサイエンス基盤を作っていく」と言うのは、山地教授だ。「これを各大学で行うのが、IR(Institutional Research、大学機関研究)ですね」。IRとは、学内データを収集・分析し、その施策・検証などを行う活動で、競争力激化を背景に近年の大学経営に喫緊の要請がある。「大学としての研究データ管理ポリシーは、英国では2011年にエジンバラ大学が最初に策定したのですが、これは、研究不正対応という要請からもスタートしていた。研究データ管理は、研究力強化、研究不正、大学ブランディング、人材育成、図書館の役割、情報基盤構築など、大学の経営の主要課題と表裏一体となっていることが多いですね(山地)」。

「政策の観点からの研究評価システムともリンクしています。研究機関や研究資金提供機関の研究データの取り扱いの整合性や、省庁横断的な統一性を十分検討して、全体がシステムとしてうまく進むようなしくみを議論していかなければなりませんね(赤池)」。その具体策などを2019年8月、赤池氏らは報告書にまとめたという。「実際の事例がいろいろと出てきているところですので、たくさんの現場を見て、そこから新たな研究やイノベーションへの遷移をうながすような、日本としてあるべき制度を打ち出していかなければなりません(赤池)」。

(聞き手:池谷瑠絵 写真:河野俊之 公開日:2019/09/10)

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