Science Report 003

北極を知って地球を知る。03

北極海の氷をもっと詳しく調べると?

地球環境にさまざまな影響を及ぼす北極域に、いま大きな変化が起こっている。なかでも北極海の氷の減り方は著しく、過去35年間で夏季の海氷面積は3分の2程度になっているという。しかも、北極の海氷が減ると太陽熱の反射が弱まり「アイスアルベドフィードバック」によって、北極の温暖化はさらに加速する(第1回参照)。極域の景観そのものである雪氷は、このように熱をやりとりする他、水・塩分・炭素などさまざまな要因からなる、地球全体の複雑なメカニズムの糸口でもあるのだ。そこで今回は、変化の鍵を握る北極海の海氷が、実際にどんな状態になっているのか、少し詳しくリポートしていこう。
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答える人:舘山 一孝准教授(北見工業大学)

北極海、南極海、オホーツク海などにおける海氷量変動の実態を調査し、また衛星観測との連携により、これまで捉えられなかった海氷の厚さ推定に挑む。海氷現象に伴う地球環境変動の監視のほか、北極海航路や北極海沿岸の海底油田など氷海開発に関わる研究を推進。GRENE北極気候変動研究事業北極域研究推進プロジェクト(ArCS)に参加。略歴はこちら


まずは海氷と氷山の見分け方から

北極海の氷とひとくちに言っても、その種類はさまざまだ。「海氷」は海水が凍ったもので数メートルからせいぜい10メートル程度の厚さしかない。一方、タイタニック号が衝突したことでも知られる「氷山」は、陸地で降り積もった雪などがカチカチに固まり、その大きな氷の塊が海岸線までゆっくりと流れて、やがて潮汐によってバキッと折れて海へ流れていくものだという。なかでもグリーンランドの中央部には標高500〜1,000メートルもの氷床があり、その沿岸から大小の氷山が産出されていく。北見工業大学の舘山一孝准教授によれば「船が進む時に氷を砕く音も違いますね。その年に出来た薄い一年氷はシャリシャリ、夏を2回以上経過した多年氷はガツンガツンという大きな音だったり、発泡スチロールが擦れるようなキューキューという音を立てたりする」という。ところが海氷も氷山も雪を被っているので、実は上から見ただけでは見分けがつかない。「海氷断面を観察するんです。出来たての海氷は灰色で海の水が透けて見えます。一年氷から二年氷では青っぽく、多年氷になると緑っぽい色になります」と、舘山准教授は言う。ちなみに、氷上からアザラシを獲って生息するホッキョクグマは、生きていくために海氷が欠かせない。海氷調査をしていると、毎日のように出会う年もある一方、海氷がなくなればまったく見かけなくなるという。

観測中、海氷上に現れたホッキョクグマ。撮影:舘山一孝

重い水の沈み込みがつくる海洋の大循環

北極海の海氷は極点の近海を中心に多年氷が蓄えられ、大きな流れをつくって循環していることが知られている。海氷は真水成分から凍っていき、塩分が濃縮された“ブライン”を氷結晶の中に閉じ込めたり、海水中に排出したりして結氷する。北極海の海水の結氷温度はおよそマイナス2度程度であるため、ブラインは凍らずに塩分がいっそう濃縮されて重くなり、どんどん海の底へと落下していく。これが深層水となって大西洋を南下し、南極大陸の北部を東進し、太平洋を南北に一巡して大西洋に戻っていくのが1周約千年もかかる大循環「全球海洋コンベアベルト」だが、ここでも極地の雪氷を介した熱と塩の収支が大きな役割を担っていることがわかる。「20〜30年の短期間で見ると、温暖化との関連で海も変化しており、北極海では厚い多年氷が減って薄い海氷の割合が増えています。夏に薄い氷は融けてしまうので開放水面が拡がって大気中の水蒸気量が増加し、雨や雪の降る量が増えます。北極海に流れ込む河川水の増加と相まって北極海の塩分が薄くなってきていると言われています。塩分が薄くなれば凍りやすくなるため、海氷の面積は今後回復するかもしれません。また、海氷上に大量の雪が降り積もり氷化することで海氷が急速に成長します。南極昭和基地周辺の定着氷が近年、過去最大の厚さを記録したというのも、むしろ温暖化の一側面と考えることができるんですね」。

上空からの観測を地上で検証して高精度を実現

そこで舘山准教授らは、毎年9、10月頃に北極海へ行き、現地で起きていることを調査している。海氷の詳しい実態は、気象予報の精度向上や、生物と気象の関連解明などにつながる可能性があり、また今、日本が世界から期待されている科学データのひとつでもある。海氷観測に使われるのは電磁誘導式氷厚計やマイクロ波放射計という非破壊のリモートセンシング装置で、舘山准教授は学生時代の2003年からこの技術に関わってきた。「氷の有無や、一年氷/多年氷の識別だけでなく、実際にどのくらいの厚さなのかを10センチ単位で出せないか、工夫を重ねています。また衛星データと連携して、複雑に重なった変形氷への対応や、海氷上の水溜たまりと海面をどう区別するかなどの問題を、現地データと数値モデルの組み合わせで解決しようとしています」。ユニークなのは、上空からの観測と地上検証との融合で、実用精度を目指している点だ。「2016年4月には、グリーンランドの海岸に固着した定着氷の上を、地上チームが犬ぞりで移動しながら旗を立てていき、このラインを目印にヘリコプターが上空からデータを集めていくという観測を行いました」。これはまた北極域研究推進プロジェクト(ArCS)の中で、グリーンランド陸上の氷河を専門とする研究者が中心となって進めている共同研究でもある。「陸と海の接点に注目したもので、陸上の氷河が海に達して流出したり融解したりする質量収支や水循環を調べています。初めての試みで非常に面白く、これからの研究の進展が楽しみ」と舘山准教授は言う。

北極圏では海氷以外にも、日本の研究者がさまざまな観測を行っている。北海道大学の杉本敦子教授は、地球温暖化に大きな影響を与える炭素や水の循環を中心に、約20年にわたって亜北極域の森林を監視してきた。「北東ユーラシアの東側の高緯度帯の森林は、カラマツが非常によく適応し、主にカラマツ1種類だけの純林が広がっています。樹木の年輪を見ると、ちょうど人間活動によってさまざまな環境変化が起こり始めた100年間ぐらいの歴史を非常に細かく見ることができるのです」と杉本教授。その北は永久凍土の上にタイガなどの木がところどころ生えているような疎林地帯で、コケ類などだけが生育するいわゆる「ツンドラ」の地形は、さらに北の北極海付近に少し見られる程度だという。「カラマツ林と疎林の境界にあるロシアのヤクーツク(北緯62度)で生態系の観測を行っており、温暖化によってタイガ林が北上するかなどを継続的に観察しています」。また杉本教授は、永久凍土が溶け始めたことによる水循環の変化や、湿地からのメタンガス放出にも注目する。「凍土が溶ければ湿地となってメタンを放出しますが、森林はむしろメタンを吸収するんです。湿地と森林が共存する地域がこれからどうなるのかなどを知るために、チョクルダ(北緯70度)という拠点でも観測を続けています」。
オホーツク海で見られる流氷のいろいろ。薄く海水が透けて見える、まだ出来立ての氷(左上)、だんだんに成長しつつある氷(右上・左下)。結氷したての海氷はまだ柔らかいため、お互いにぶつかって縁がめくれ上がったハスの葉のような形状になる。右下は典型的な蓮葉氷。撮影:舘山一孝

北極海には厚さ、形状、成り立ちなどが異なるさまざまな氷が浮かんでおり、それらを詳細に把握することで、北極域や地球全体の環境変動についての理解が少しずつ進んでいくことがわかった。日本でも、毎年北海道のオホーツク海岸に「流氷」が見られるが、これは海水が凍った「海氷」である。しかしここ25年ぐらいの間に漂着のパターンが変わり、また流氷の量も減少して、海を鎮める役割や、海の栄養を運んで漁場を作る役割などがこれまでのように果たされなくなってきているのだそうだ。舘山准教授は言う。「今は静かな北極の海も、今後、荒れることがあるのかもしれない」。

(聞き手:池谷瑠絵 特記外の写真:飯島雄二 公開日:2017/01/20)

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