Science Report 048

X線CTの能力を最大化する経験とスキルで、
研究を強力にサポートする

個々の大学では整備が困難な最新の研究施設や設備の共同利用、共同研究のために、全国の研究者が集う大学共同利用機関。その一つである国立遺伝学研究所では、さまざまな技術を極めた支援職員が、研究者の探究をサポートしている。X線CT撮影と解析技術を強みとし、一つ一つのサンプルに、一気通貫した「最善の結果」を追究する前野哲輝さんもその一人だ。令和5年度文部科学大臣表彰 研究支援賞も受賞された、前野さんにお話を伺った。

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前野 哲輝さん(国立遺伝学研究所)

答える人:前野 哲輝 技術専門職員(国立遺伝学研究所)

まえの・あきてる。国立遺伝学研究所技術課 技術専門職員。日本大学農獣医学部にて修士取得。民間企業にて、新薬の薬理試験や毒性試験業務に従事後、公益財団法人がん研究会がん研究所を経て、2001年4月より、国立遺伝学研究所に在籍。令和5年度文部科学大臣表彰 研究支援賞受賞。


X線CTで見えてくる世界

医療における画像診断技術の一つとして、広く知られるX線CT(コンピュータ断層撮影法)は、被検体の360度方向から、放射線の一種であるX線を照射することで、その内部構造を浮き彫りにする技術の一つだ。X線は、骨をはじめとする硬部組織には透過しにくく、臓器や血管などの軟部組織には透過しやすい性質を持つ。CT装置は、このX線の透過率の違いを信号として検知、コンピューター処理して、白黒の濃淡の違いで内部構造を描出する。二次元の画像から、さらに情報処理を行えば、三次元画像も構築することができる。

X線を放出するX線管と、透過性の違いを受信する検出器の間にサンプルを置き、360度方向からX線を照射して情報を得る。「医療用CTは、X線管と検出器が患者の回りを回転しますが、工業用装置では、サンプルを乗せたステージが、360度回転して撮影します」と前野さん。

X線CTは、細かなものを描出することを得意とする一方で、目的とする臓器や組織、血管などの構造物を描き分ける能力には劣るのが一般的だ。ところが、前野さんが作成した画像はどうだろう。マウスやゼブラフィッシュ、アリからアサガオの花びらまで、その臓器や組織、細かな内部構造が見事に描出された画像が、次々と紹介されることに思わず目を見張る。

これら全てが、X線CT画像を元に、解析や処理を加えて作成された画像なのだという。一体どういうことなのだろうか。

(左)交配後14.5日齢のマウス胎児。(右)交配後18.5日齢のマウス胎児。染色処理により軟部組織の観察が可能になる。
交配後14.5日齢のマウス胎児のCTデータを高性能な画像解析ソフトで解析した結果。各臓器の形状や相対的な位置関係などを容易に把握することができる。(右)解析に用いるコンピューターやソフトウェアを更新することで、画像精度が大きく改善される。
交配後18.5日齢のマウス胎児の喉頭周囲の3D画像。特定の部位にフォーカスし、より高解像度のCTスキャンを行う。
遺伝研の敷地内で採取したアリ              ゼブラフィッシュ  
前野さんが作成した解析画像の一例。

軟部組織の細部まで描き出す技術

「私が用いているのは、一般的な工業用のX線CT装置で、特別なものではありません。工業用ですので、生きた生物よりも、ホルマリン固定された標本などを、高解像度でスキャンすることが得意な装置です。原理は医療用と同じで、そのままスキャンを行うと、明瞭に描出されるのは、骨などの硬部組織の構造ばかりです」と前野さん。

臓器や組織を子細に描出するのは、装置の性能に頼ったものではないという。「ある論文で、固定された標本を染色することで、CT解析でも、十分に軟部組織の構造が観察できるという情報を知りました。幸い、試薬も高価なものではなかったので、試してみたのです。使う装置が違えば、結果も変わってくるのではないかと考えていましたが、事前に染色を行う一工夫で、期待以上の成果を得ることができました」

染色とは、化学薬品を用いて、生物の細胞や組織を染め分け、可視化する処理のことだ。多くの場合、標本を薄くスライスし、顕微鏡下で観察する際に用いられる。前野さんは、論文に従って、標本全体を染色液に浸漬するという前処理を行った。染色液が標本に浸透することで、X線の透過率を微妙に変化させ、その結果、臓器や組織の境界が描出できることを知った。これが、大きな手応えになったという。

「大学では解剖学を専攻し、社会人からは病理組織を扱う研究室に所属していたので、サンプルの固定方法や染色方法には、色々なものがあると知っていました。それからは、サンプル採取にはじまり、固定液や染色液と撮影条件の設定など、最適な組み合わせを見つけることに夢中になりました。それは、標本ごとに、また解析によって何が見たいのかによっても違ってくるんです」と前野さん。

一般的な実験動物であるマウスについては、概ね最適な組み合わせが把握できるようになったが、前述のように、前野さんのもとには、さまざまなサンプルが集まってくる。「最近では、決まったプロトコールのないサンプルも増えています。中には、日本で初めて水揚げされた深海生物など、他にサンプルがなく替えの利かないものもやってきます。プレッシャーもありますが、その都度、サンプルの背景などを加味し、検討を重ねて最適な方法を考えています」

魚の浮き袋の進化をテーマとした研究プロジェクトでは、チョウザメや古代魚など、さまざまなサンプルを対象にした。

X線CT装置の傍にデスクを構える前野さんは、今や、撮影と解析に関わる全ての工程を一人でマルチにこなす。本来見えづらい物を見えやすくする工夫と、試行錯誤の積み重ねによって、マニュアルにはないオーダーにも対応している。しかし意外なことに、X線CTと前野さんとの出会いは、全くの偶然だったという。

教訓の積み重ねが生んだこだわり

「先ほどもお話ししたように、X線CTは、骨などの硬部組織を描出することが得意です。実験用のマウスなら、頭蓋骨の縫合線や、脊椎一つ一つの中の海綿骨の構造まで見ることができます。当初は、この性能を使って、骨の観察を行うために装置が導入されました。骨粗しょう症のモデルマウスの大腿骨を、高解像度で撮影し、骨の病態モデルの評価を行うという目的で、私にその役割が回ってきました」と前野さん。撮影された画像データから、大腿骨を構成する、皮質骨や海綿骨の厚みや体積を割り出し、比較するのが最初の仕事だった。

前野さんは、「得られた画像を、ビジュアルで評価するだけでなく、計測ソフトウェアと組み合わせて、数値化し、定量的に比較を行いました。もちろんすべての操作が初めてで、分かる人も他にいませんでしたから、ソフトウェア会社の人に教わりながら、試行錯誤で進めていきました」と当時を振り返る。あわせて400近いサンプルの撮影と解析を、1年以上の時間をかけて一気にこなしていったという。

ソフトウェアを用いた画像処理も重要なポイントであり、毎回試行錯誤を伴う。一般的な工業用CT装置を用いているため、自由に撮影条件を決めることができ、扱いやすいデータ容量に設定できることも利点だ。

しかし、この過程で、一つの落とし穴に気づくことになった。「はじめは、分かったつもりになって、一気に撮影と解析を進めました。データさえ集まれば、何とかなると考えていたのです。しかし、最後に解析結果をグラフに表してみたところ、比較に足るデータが取得できていないことに気づいたのです。その時になって、撮影の仕方はこうしないと駄目なんだ、とか、途中の解析プロセスは、こうしないと数値がずれてしまうんだ、ということに、初めて気づいたわけです」と前野さん。それが大きな教訓になったのだと続ける。

「この失敗もあり、それまで苦労して得た成果は、日の目を見る機会を失いました。サンプルの採取からデータの評価まで、まずは小さいスケールでしっかり検証し、そこからスケールアップしないと、すべてが無駄になるということを、あらためて実感しました。何もアウトプットできないということは、何もやっていないことと同じになるというのが、このときの最大の教訓でした」

骨の撮影と解析に一段落がついた頃、前野さんは、X線CT活用のすそ野をどうにか拡げられないものかと思案した。軟部組織である臓器や組織の構造を観察することができれば、用途も広がるに違いない。この時見つけ出した、固定と染色の手法を、廊下で採取したアリに至るまで、身近に手に入るあらゆるサンプルで試しながら腕を磨いた。所内外の研究者から、さまざまな依頼や相談が舞い込むようになった後も、前野さんがこのとき得た教訓は、仕事の進め方や姿勢に、生かされ続けている。

技術職員として「技」を極めたい

「アウトプットとして、論文に使われるものになるかどうかには、こだわりたいと思っています。論文に求められる画像はどのようなものか、ゴールを設定し、そのために必要なサンプル採取、前処理、撮影のプロセスを逆算し、目標に到達できるように全体を見越して、サポートさせてもらいます。そのためには、研究者と直接お会いして、実際の画像を見ながらディスカッションも行います。研究する人と近い距離で話しながら、一緒にアウトプットを目指す技術支援は、めずらしいスタイルかもしれません」と、前野さんは力強く語る。アウトプットに適さないデータがあれば、問題点を見つけ、次の撮影と解析へフィードバックし、改善を重ねているという。

カミキリムシと酵母の共生関係をテーマとする、名古屋大学大学院の岸上真子さん(当時大学院生)らの研究に協力。2年間に及ぶディスカッションと試行錯誤で得られたデータ。

前野さんは、自身を「データを利用目的に合わせたベストな形で作成し、橋渡しをする技術職員」だと話す。データの持つ情報が埋もれてしまわないように、時には、研究者と一緒に動画を観察し、気になる構造について質問をしたり、アーチファクトの説明を行うなど、データ解釈のサポートも行う。その解釈が上手くいくか否かが、データの運命を決める大きな分岐点になることも多い。

「生き物に研究価値を見出すのは、研究者の仕事です。そうした研究者の皆さんのやりたいことに対して、X線CTで最大限の提案を行うことも私の仕事だと思っています。そしてまた、得られた画像データに意味を持たせてくれるのも研究者の方々です。学術的にどのような意味があるのか見極め、他のデータと合わせることで、その価値を高めてもらいながら、ぜひ、X線CT画像と解析データをうまく利用し、成果に結びつけて欲しいです」

実は前野さん、苦心して作成した解析データを「あ、いいな」と思ってもらう仕掛けにも余念がない。「研究者の皆さんには『観察用動画』を作成して報告するようにしています。一つのサンプルデータに対して、複数の三次元表示をした回転動画や、矢状面、冠状面、横断面の二次元動画などを作ります。それをサンプルと並べて、向きや断面位置を同期させ、一目で比較しやすい動画を作って報告しています。動画をスクリーンショットすれば、すぐに論文に使用することも可能です。希望以上のものをお渡しすることで、ビックリさせたいと考えながら報告しています」と笑顔で話す。

研究者と装置や解析ソフトウェアを扱うメーカーの技術者の間を、有機的につなげる立場であることも意識していると語る前野さん。

高性能ゆえに、より高額な装置や機器を用いずとも、求められるゴールに近づく工夫を重ね、多くの研究者へ利用の道を開く。肝心なのは、最善の結果を生み出す試行錯誤と、技術に妥協しないこと。「技術職員は、自分にしかできないスキルを身につけた、職人であるべきではないか」それが前野さんの信条だ。

(聞き手:ノンフィクションライター 西岡真由美 写真:飯島雄二 公開日:2024/1/10)

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