イノベーションに役立つデータ中心"政策"科学を。

データ中心科学 リサーチコモンズで、データベース「人間・社会データ」と、プロジェクト「社会コミュニケーション(コミュニケーション情報学)」という2つのプロジェクト・リーダーを務め、一体化させた研究を推進する曽根原登教授。人間と社会のリアル&サイバー空間に関わる研究を礎に、ビッグデータ時代の情報利活用技術を、地域再生やイノベーションを牽引する教育、医療・健康、防災、観光・農業分野へ活かす研究を進めています。

「人間・社会データ」データベース

経験や勘からデータ中心の意思決定へ

政策決定や意思決定の立場から考えると、今までは人間社会に関する合理的な判定を行うのは、なかなか難しかったと言えるでしょう。つまり部分的なデータや不完全な知識で、経験や勘に基づいた主観的な判断をしなければならなかったと思うんです。でも現代の日本社会は、ネットワーク環境やセンシング環境が急速に整い、スマートフォンやウェブから集めることのできるビッグデータがありますね。ならば、科学的データに基づいて価格を決めたり、さまざまな政策決定を行うことで、大いに経済再生やイノベーションにつなげていけると思うのです。

傾斜地の自殺はなぜ多い?

たとえば、日本では毎年約3万もの人々が自殺しています。高齢者の自殺も多いし、線路への飛び込みで通勤電車もよく止まります。科学が何かできないだろうか。そこでこの問題を扱っているサブテーマでは、いろんな公的統計データを駆使したり、調査したり、またSNSやツイッターで自殺をほのめかすつぶやきにアラートを出すというように多角的にアプローチしています。たとえばこれらのデータから、15度以上の傾斜地に住む人の自殺率がとても高いことがわかっています。なぜでしょう?──出不精になるからなのだそうです。家にこもって悩みを抱えてしまう。社会問題の原因をこのように物理的な条件で特定し、「こころの問題」にしてしまわないことが重要です。これを応用すれば、津波対策として検討されている高台への高齢者の移住にも、重要な示唆を与え得ることがわかるでしょう。

地域再生の肝「観光」にITのパワーを

観光政策も、IT化による経済効果が見込まれる領域です。日本全国に約1720の地方自治体があり、それぞれが別個に観光案内したり、人手による統計や調査を行っています。また100メートルしか離れていない観光地でも、もし市町村の境を越えたら調査や施策の対象外であるといった現状があるんですね。そこで一藤裕 特任研究員(新領域融合研究センター)が開発した「Webデータ駆動の観光予報システム」では、さまざまなウェブサイトで公開されている膨大で多様な宿泊施設関連データを横断的に収集・蓄積・分析することで、行政区の枠組みを越えて観光地域の宿泊状況や料金を予測することができます。また2013年3月11日はどうだったかというように過去のデータも確認でき、京都市観光MICE推進室との調査研究協力によりデータの信頼性も検証しました。他の地域でも活用できるシステムになっているので、富士山の世界遺産登録で海外観光客の増加が予測される山梨でも、ペンションなどの小規模宿泊施設を対象としてこのシステムの応用化が始まりつつあります。さらにこれを不動産情報に応用した分譲、賃貸、リフォームにかかわる意思決定を支援するシステムの開発も進めています。どんな物件が売れ残るリスクを持っているのか、リフォームではどこに資金を投じたらいいのか……すべてデータに基づいて判断を下せるようになるでしょう。

オープンデータを金融に活かすと…

「Webデータ駆動の観光予報システム」と一藤裕特任研究員。京都の約400の宿泊施設のウェブ上にある予約システムから日々の稼働率、料金、駅からの距離などの特徴、サービスのオプションなどのデータを取得・整備し、実際のデータと付き合わせて精度を上げていく。マップやグラフで視覚化された画面では、空室状況や月ごとの稼動状況などがひと目でわかる。

不動産情報に応用すると……

参加型アプリで、防災・減災対策支援ツール開発

また非常用システムは、緊急時に特化したシステムよりも平時に稼動しているものがそのまま活かせるシステムのほうが役立つことが知られています。そこで「Webデータ駆動の観光予報システム」は、実は平常時と同じ使い方で、災害発生時の帰宅難民対策等にも利用できるんです。また 2013年に開催した産学連携による「スマートフォンアプリ開発 全国学生コンテスト」からは、帰宅途中などの生徒児童が今いる地点からどこへ逃げたらいいかをナビゲートしてくれるアプリケーション「てんでんこラリー(東北工業大学)」が生まれました。地域の子どもたちが大学生と一緒に町を回りながら避難地などを記録し、これを統合してハザードマップを作成し、防災に備えるツールです。こちらも今後さまざまな地域で、活用が拡がっていくでしょう。

(文:曽根原登・池谷瑠絵 写真:水谷充 公開日:2014/04/01)